第21話◆魔法に頼りすぎるのはよくない

 大ツチノコは隠世の野山に棲む物の怪で性質はだいたい蛇。自分より小さな物の怪達を好んで食べるが、雑食性なの動物でも霊でも食べてしまう。もちろん人間も。

 正確には食べたものの霊力――前世でいう魔力みたいなものを糧としている。

 人間はその霊力というものをほとんど持っていないが、魂というものには大なり小なり霊力が宿るため、大ツチノコにとって人間はちょっと霊的カロリーを補充できるおやつみたいな存在のようだ。

 つまり霊のような魂だけの存在も大ツチノコから見たらおやつである。


 隠世の者なら食われたとしても輪廻に還るだけだが、現世の者は魂を食われてしまうため、その存在ほぼ消失することになる。

 極稀に消化しきれずに助かるものもいるが、そういう状態になると魂は痩せ細り自我もほとんどない人魂になり彷徨うこととなり、その状態ならたまたま置いてあった線香ですら成仏できてしまう。

 大ツチノコに限らず霊力や魂を食べる隠世の者に食われたら、このようなことになる。

 もちろん食われるということは肉体的な死も意味し、現世の者にとって隠世の者に食われるということは、肉体も魂も死ぬということになる。

 生き物の魂が痩せ細った姿なのだ。


 ちなみに大ツチノコに限らず隠世の者には自分の周りに狭間を作り出す能力がある者も少なくなく、現世で迷い出た時に見るとことの出ない人間からは存在を気付かれることがない。

 反面、見える人間や見えざる存在に敏感な動物は見えざる者の存在に気付くことができるため、この狭間へと引き込まれてしまう。

 そして引き込まれれば、先ほどのように捕食対象となることもある。


 という話を、大ツチノコを隠世に送り帰し戻ってきたきた現世で、麻桜荘へと帰る道のりで魔王が話してくれた。

 てか歩いて帰るんだ。

 自転車を押して坂道を上るのは面倒くさいから魔法でピューッて連れて帰ってくれよ。魔王なら転移魔法の類いくらい使えるだろ?

 え? 魔法のない世界で生きている以上、魔法に頼りすぎるのはよくない?

 てめぇ、昨日魔法でメニューボードを書き換えていただろ!?

 それより自転車の後ろに乗せろ?

 は? 二人乗りは法律で禁止されているの! お巡りさんに見つかると怒られるの!

 そもそもあの坂道を俺よりでかい男を乗せて上るとか無理。ていうか、なんで男を後ろに乗せないといけないんだよ。

 ん? 自転車に乗れないから自転車に乗ってみたかった?

 マジで? お前チャリに乗れないの!? その顔で!? プププ、魔王なのに自転車に乗れないの?

 しょうがないなぁ、上れるところまでだぞ。


 と思ったら、走り出す前にパトカーが通りかかってお巡りさんに注意されたので、自転車を押して魔王と幽霊お姉さん一緒に歩いて麻桜荘まで帰ることになった。

 麻桜荘に到着する頃には日はすっかり西に傾き、ギラギラとした西日が魔王の喫茶店”ホッドミーミルの森”の看板をオレンジ色に照らしていた。

 入り口まできて扉にかけられている「CLAUS」の文字の板を、裏返して「OPEN」にする魔王の姿を見て店の営業時間内だったことに気付いた。


 客の入ってなさそうな店だし、魔王が来た時は逃げきった後だったけれど、とりあえず助けを求めたら来てくれたことにはちゃんと感謝するからな!

「えっと、その……遅くなったけど助けに来てくれてありがとぅ」

 最後の方が少しごにょごにょしてしまったのは、助けに来るのが遅かった分だ。

「うむ、結局みちるは一人で逃げきったが、知らせてくれておかげで他に被害が出る前に彼奴を隠世に送り帰すことができた。こちらこそ礼を言うべきだな、ありがとう」

 こう改まってお礼を言うのも言われるものなんだか恥ずかしくて、どう反応していいかわからなくなる。


 微妙な空気の沈黙が数秒続いた時、すぐ横でヒヤリとした感覚がした。

 あ、そうだ。幽霊お姉さんも一緒にここまで帰ってきたんだった。

 ヒヤリとした方を見ると、お姉さんが深々と俺に頭を下げた後、魔王に何か耳打ちをしてフワリと住宅街の方へと消えていった。


「助けてくれてありがとう、だそうだ。それと助けてくれたのはありがたくて嬉しかったが、あまり無茶なことはしないようにと伝えてくれとも。みちるは生きている者だから、自分のように家族の下に帰られぬようになると家族が悲しむからと。見えぬ者に情をかけすぎてはならぬと」

「うん、わかってる。わかってるけど見えちゃったからな。いや、そういう心配をしてくれるような人だったから見過ごせなかったのかも。大丈夫、俺にはもう何も力はないから、無理だと判断したら変わらずに逃げるよ。俺だって命は惜しいから」

 いつもなら見ないふりをしていたと思う。昨日追いかけられた女性の幽霊のように。

 今回は逃げきれると思ったから。だったら見捨てられないと思ったから。

 苦笑いをして頭を掻くと、魔王の顔が少し困ったような表情になったように見えた。

「ああ、自分の命が惜しくて逃げるのは正しいことだ。これから先、こういうことはまたあるだろうから夕食の時に護りを渡しておこう。安心しろ、これは見える者を受けて入れてるこのアパートの共益費に含まれている」

 共益費にそんなものまで含まれてるのかよ。

 魔王のアパートのくせにお得でありがたいサービスだな!?


 喫茶店の前で少し立ち話をした後は一旦魔王と別れ、自転車を駐輪場に置いて夕食の時間までは自分で荷物の整理だ。

 まだ荷物を解いていなくガランとした部屋は広く感じる。

 何か大事なことを忘れているような気がするのだが思い出せない。


 カーテンのない窓から見える街並みが、夕日を浴びて赤く染まって見えた。

 その光景を見ながらドタバタとした一日が終わりつつあることを実感する。

 昨日ここに来たばかりだというのに、見えざる者に関わるトラブル続き。

 確かに魔王が目の前にいるので安全なのかもしれないが、あまり穏やかではない新生活の滑り出しに何となく不安を覚えた。

 しかしそれと同時に、前世の宿敵が味方だという不思議な感覚と安心感を覚えた。

 そして前世の俺が知らなかった、知ろうとしなかった彼らのことを知りたいと、少しだけ思った。



 カーテンのない部屋でしばらく荷物を整理していると、夕食前に鳴るように設定していたスマホのアラームが鳴った。

 窓の外は赤から紫へ。

 まだ物の少ない部屋を照らす明かりは妙に明るかった。


 あ、カーテンを買ってないじゃん。


 忘れていた大事なことは思い出したが、時すでに遅し。


 窓から中が見えないようにカーテンレールにハンガーで服を吊し目隠し代わりにした後、電気を消して部屋を出る。

 アパートの階段を下りて魔王の喫茶店ホッドミーミルの森に入ると、昨日と同じようにくすんだ金髪の大男とミルクティ色のヒョロ男がカウンター席に座っているのが目に入った。

 魔王の姿は見えないが、奥の厨房にその気配は感じる。


 カウンター上のメニューボードを見ると夕方の定食セットが数種類書かれている。

 なるほど、メインの料理を選んでご飯と味噌汁とサラダが付く感じか。

 あ、オムライスセットがあるじゃん。昨日食べそびれたから今日こそオムライスを食べるんだ。


 そう思った時、厨房から魔王が出てきて目が合った。

 今日はオムライスセット!!

「よく来た。ちょうど今ビーフシチューができたところだ」

 アッ! 夕方の定食が書いてあるメニューボードが一瞬でビーフシチューだけに書き換わったぞ!!

 今のはその瞬間をしっかり見たからな!!

 てめぇ、魔法のない世界で生きている以上、魔法に頼りすぎるのはよくない、ってさっき言ってなかったか!?

 汚い! さすが汚いぞ、魔王!!

 俺はオムライスの気分だったというのに、メニューボードをビーフシチューだけに書き換えるなんて卑怯だぞ!!

 しかも厨房方向から不自然な風が吹いて、ビーフシチューのいい香りが。


「ちくしょう! ビーフシチュー定食、ライス大盛りで!!」


 

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