第18話◆不安と期待
「うおおおおおお……くらえ! その辺で詰んだヨモギの葉を乾燥させたもので作った丸薬!!」
ショルダーポーチから取り出した、決して綺麗な見た目とはいえない茶色っぽい丸薬のようなものを、大ツチノコの口の中を狙って投げる。
パッと見は兎のアレにも見えるのだが、俺のお手製妖怪避け丸薬である。
妖怪の類いはヨモギが苦手な奴が多いとかで、駄菓子屋のおっちゃん直伝のヨモギ丸薬である。
その辺に生えているヨモギで作れるから、学生の俺にも優しい魔除けアイテムである。
なお人々崇められて神格を持っているような者は、逆にヨモギは好物もいるのでこのヨモギ丸薬は効かないと聞いた。
そういう奴らには、ヨモギ餅をお供えすると機嫌がよくなることもあるらしい。
ヨモギ丸薬を口に投げ込んだら、めちゃめちゃ嫌そうに頭をプルプルしている大ツチノコは、神格を持っているような奴ではないようだ。
小さいけれど結構効果あるんだなぁ。丸薬を教えてくれた駄菓子のおっちゃん、ありがとう!
おっと、大ツチノコが仰け反っているうちに逃げないと。
お姉さんと別れた後、大ツチノコの隙をついて元来た道を折り返し、周辺の道をグルグルと逃げ回っていた。
お姉さんと別れたあの交差点に戻るルートを選びながらグルグルと。
魔王の喫茶店から露ヶ丘駅方面に向かうと、地図アプリを信じる限りバスの通るあの通りが一番わかりやすくて早いルートだと思われる。
お姉さんがから知らせを聞いて魔王が来てくれるのならば、あの交差点付近を逃げ回っていれば魔王が俺をすぐに見つけて大ツチノコを何とかしてくれるはずだ。
……来てくれるか?
幽霊お姉さんは、ちゃんと魔王に伝えてくれるか?
それを聞いた魔王が来てくれるか?
喫茶店が営業中なら、もし客がいたら無理じゃないか?
いやいや、あそこは人間の客はいなさそうな店だったよな。
客がいるいないより、魔王が俺を助けようと思ってくれるかどうか。
俺は前世魔王の敵だった。
この手の魔王領で遭遇した魔物をたくさん殺した。
その中には人の言葉を話し意思疎通ができる者もいた。
それは魔王の部下だった、魔王の領民だったかもしれない。
そう、俺が魔王と前世での敵だと思うように、魔王達にとっても俺はあの世界での敵なのだ。
そんな奴を助けてくれるのか?
俺ならきっと……きっと……前世だったら助けなかっただろうけれど、今世は知り合ってしまったから、たとえ仇敵だとわかっていても助けるかもしれない。
わからない。
魔王が助けにきてくれるか?
そして何故、俺は幽霊や魔王を信用してしまったのか?
俺はもしかして選択を間違ってしまったのか?
わからない。
だがあの魔王なら知れば来てくれそうな気がする。
心の中に湧き出てきた疑問と不安、そして都合のいい勘を自分に投げつけながら自転車を漕ぎ続ける。
そしてそれに気を取られ周囲の気配への注意が疎かになる。
「あれ?」
注意を戻した時に、後ろから追ってきていた大ツチノコの気配がなくなっていることに気付いた。
振り切ったか?
ついさっきまですぐ後ろに迫ってきていたはずだが。
周囲には相変わらず動いている人も車も見えないし、生き物の気配は感じない。
そして大ツチノコの気配も感じない。
だが、ここはまだ狭間だ。
背後から大ツチノコの気配が消えたが、周囲へ警戒は解かない。
つい先ほどまで、速度を落とすと追いつかれる距離で張り付かれていたことを考えると、振り切ったとは思えない。
俺を諦めて別の獲物を探しにいったか?
幽霊お姉さんの逃げた方へいったしても、そろそろ時間的にもう魔王のところに到着していてもおかしくない。
ならば別の幽霊か、俺以外の人間か。
もしくは、気配を消してどこかに潜んでいる。
俺が油断して速度を緩めることを狙って。
それとも同じところをグルグル回っていることに気付いて、どこかで待ち伏せをして。
どこだ? どれが正解だ?
周囲の気配に注意を払うが大ツチノコの気配はわからない。
やばい、見失った。
本当に諦めてどこかにいったのか?
いや、きっと違う。
気配がないが、まだ近くにいる気がする。
本来なら人の多いはずの駅前が、不気味な静寂に包まれている。
姿は見えないが、まだ終わっていないと俺の勘がいっている。
自転車を漕いで先ほどの交差点を目指す。
右手はショルダーポーチの中で手持ち最強の武器を握りしめている。
来るなら来いよ。
大ツチノコは大きいといっても中型のトラックくらいだ。
駅前でビルが立ち並んでいるが、中型トラックくらいなら身を潜めることのできる死角なんていくらでもある。
どこだ?
どこかの曲がり角の陰か? それとも立体駐車場の入り口か? それともどこかの工事現場の中か?
大ツチノコを見失ったままあの交差点が見え始め、そのすぐ手前にさしかかった時、頭上から圧迫するような気配がして周囲が暗くなったように思えた。
反射的に自転車加速してハンドルを切って、明るい場所へと逃げる。
前世の記憶がなかったら、すぐにそれが何か気がつかなかった。
突然暗くなった視界、それは頭上で光が遮られたから。
光を遮り俺の上に影を落とす者が現れたから。
それは周囲が暗くなったと思われるほどの大きさのもの。
大ツチノコだ!!
前世で大型の魔物に頭上から襲撃された経験が何度もあった俺には、急に自分の上に影が落ち視界か暗くなった理由は瞬間的に理解できた。
反射的にその影の外に飛び出した俺のすぐ横に、ビルの上から大ツチノコが飛び降りてきた。
片手をショルダーポーチに突っ込みながら自転車を運転していたため、大ツチノコのすぐ横でよろける。
よろけたついでだ、これでもくらっとけ!!
自転車のバランスを崩して倒れそうになりながらその勢いと体重を乗せて、ショルダーポーチの中から出したものを、真横に落ちてきたツチノコの体に深々と突き刺してやった。
喰らえ! 千円のミニ破魔矢アタック!!
学生に千円は大金なんだ! 頼むから効いてくれ!!
倒せなくていいからそのまま諦めてくれ!!
ぶよぶよとした大ツチノコの首のあたりに、ポーチに入る程度のミニサイズの破魔矢をブッスリと突き刺した後、足で大ツチノコのずんぐり胴体を蹴飛ばしてすぐさま大ツチノコから離れてあの交差点方向へと自転車を漕いだ。
背後で大ツチノコが上げる咆吼が響き、それが空気を揺らして追い風となる。
さすがにかなり痛かったのだろう、背後でバッタンバッタンを暴れている音が不気味に静かな狭間の街並みを騒々しくした。
いいぞ、この響き渡る咆吼と大きな音。
近くにきているなら気付いてくれ、魔王!!
※今回で今年最後の更新になります。
申し訳ございませんが1月2日(火)の更新はお休みさせていただきます。
1月4日(木)からの更新再開の予定です。
来年もよろしくお願いしたします。
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