第14話◆肉のヒヒイロカネ

 魔王のところで朝食を終えた後は最寄りの駅へ。

 大学があったり、大規模な住宅地が広がっていたり、大きな団地がいくつもあったり、そのため大型の総合病院もあったりで急行の停車駅で、駅周辺には様々な店や施設が入っているビルが駅ビル以外にも複数立ち並んでいる。

 都心から少し離れている地域ではあるが、あまり不便さを感じなさそうなところである。


 アパートから駅までは歩けば十五分から二十分、バスなら道が混雑していなければ十分かからない程度。

 昨日、駅からアパートまで歩いて来て酷い目にあったので今日は駅まではバスでいくつもりだったのだが、アレックスの店が駅ビルに入っているらしくこれから出勤なのでと車で駅まで連れていってもらえた。


 ”肉のヒヒイロカネ”

 乗せてもらった配達用だという大きめのワンボックスカーには、店の名前らしき文字デカデカと書かれていた。

 いやいやいやいや、ヒヒイロカネって肉屋っていうか鍛冶屋だろ!? どうしてそんな名前にした!?

 ああ、名字。たしか陽緋色って名字だったな!!

 だけどヒヒイロカネってオリハルコンのことだろ!? 肉と全く関係ないじゃねーか!!


 オリハルコンとは前世にあった神の鋼とも呼ばれる、燃えるような赤色をした金属のことだ。

 何よりも固く頑丈な金属で、前世ではこの世で最強の金属といわれていた。

 今世で世界各地の神話にそれらしき金属は登場するが、それと同一であるかは不明である。

 また考古学上それとされている金属はあるが、それとはまた違うものである。


 前世では女神に選ばれた勇者は、オリハルコンの武器を賜り魔王との戦いに赴いた。

 代々の勇者がそうしたように、俺もオリハルコンの武器を賜り魔王の下へと向かった。


 俺が賜ったの赤い刃の一振りの長剣。

 燃えるような赤というほど赤くなかったが、赤味がつよく光沢のある剣だったのは覚えている。

 まぁそれも魔王にあっさり折られてしまったのだが。


 ヒヒイロカネ……オリハルコン……オリハルコン……何だろう、もう少しで何かを思い出せそう。

 オリハルコン……何よりも固く頑丈な金属……アッ!!


 思い出したのは前世の記憶。

 魔王には複数の側近がいることは人間にも知られていた。

 その中でも最も有名だったのが、魔王の盾という二つ名を持つめちゃくちゃ硬く、恐ろしいまでのパワーの人間をなぎ倒していく鈍い赤の岩石の肌を持った巨人。

 その色故に、人間からは魔王のオリハルコンともいわれることもあった。


『あちらではこいつの近衛隊長兼目付役をやっていた』


 陽緋色アレックスと名乗っている男が自己紹介の時に口にした言葉を思い出してハッとなった。

 陽緋色――ヒヒイロつまりオリハルコン。

 そのことに気付くとパチンと何かのスイッチが入ったようにはっきりと思い出した。

 俺が魔王の下に辿り着いた時にも、魔王の玉座の横には岩石のような肌をした金髪の大男が立っていた。

 その顔まではっきりと。

 あちらでは肌が岩のような質感だったが、その顔の雰囲気、くすんだ金髪、連鎖するように記憶が蘇ってきた。

 前世のあの時、玉座に座る魔法の横に立っていた大男はアレックスだ!!

 もしかしてアレックスがあの魔王の盾、魔王のオリハルコンと呼ばれていた巨人!?


 なんてことに気付いたのはアレックスに車で駅まで送ってもらって、走り去っていく肉屋の車の見送っている時だった。

 前世では物理も魔法も全く攻撃を受け付けない、魔王の盾として恐れられていた男が肉屋店長!!

 めっちゃ、車なんか運転して人間社会に馴染みまくっていて、むちゃくちゃ様になっていた。というか魔王よりかすごく自然に人間社会に溶け込んでいるような気がするな。

 しかも別れ際に肉屋で売っているコロッケの割引券をくれた。

 ちくしょう、顔は怖いし、言葉も少し荒っぽいし、魔王をぶん殴っていたけれど意外と気さくじゃねーか!!

 いや、魔王をぶん殴っていたからいい奴に違いないな。

 近いうちに絶対にコロッケを買いにいくからな!!




 顔のわりに意外と親切なアレックスに駅まで送ってもらったのだが、駅ビルの中に入っている家電量販店は新生活フェアをやっていたものの、やはり新品で一式揃えると高く付きそうなので、幽霊お姉さんが教えてくれたという急行で次の駅にあるというリサイクルショップを覗いて見ることにした。

 親に家電や家具を揃える金は用意してもらっているのだが、ついこないだまで高校生だった俺には大きな額に見えてしまい、纏めて即決する勇気がなかった。

 やっぱ、親と一緒に買い揃えておけばよかったかなぁ。

 もう子供じゃないし、こっちまでついて来られるのが嫌で、予算内で自分で買うっていっちまったんだよな。


 駅ビルを出て駅の改札口へと向かう。

 朝のラッシュ時が終わった駅はすでに人も疎ら。

 改札口の近くまで来ると、人の疎らな駅構内にポロンポロンとピアノの音が響いていた。

 そういえばこの駅には駅構内に誰でも弾けるピアノが置いてあったな。

 昨日通った時は誰も弾いていなかったけれど、今日は誰かがピアノを弾いているようだ。

 聞こえてくるのは少しもの悲しい曲。


 ピアノが置かれている場所は駅のエントランスで、改札口に入る前にピアノの近くを通ることになる。

 ピアノの上手い下手はわからないが、どんな人がこの曲を弾いているのか気になりピアノの近くを通りかかった時にチラリをそちらに視線をやった。


 ああ、自動演奏か。

 最初に見た時は何も見えなかった気がしたのですぐに視線を前に戻した。

 だけど何となく吸い寄せられるように、そちらを振り向いてしまった。


 いる。


 ピアノの椅子に白いノースリーブのワンピースを来た女性。

 足を確認するまでもなく、それは見えない存在だと確信する。

 特徴的な赤い模様。

 魔王の喫茶店にいた幽霊お姉さんだーーーー!!


 一心不乱にピアノを奏でる女性の幽霊。

 俺にはその音がはっきりと聞こえている。

 ピアノの前を通る人は誰も流れる曲を気にしている様子はない。

 弾いているのが見えざる者で、自動演奏に見えるから?

 いや、改札にいる駅員さんも気にしていない。

 駅員さんならこのピアノが、自動演奏されるものではないと知っているはずだから、誰もいないのに演奏が始まれば異変に気付くだろう。

 だがその様子もない。

 このピアノの見えざる者が見える者だけにしか聞こえていないのかもしれない。


 そんなことを考えていると、曲が終わり幽霊お姉さんが顔を上げてこちらに向いたため、バッチリと目があってしまった。

 喫茶店であった時と同じようにニコリ微笑まれたので、近くを通る人に怪しまれないようにブラボーと口だけを動かして会釈を返した。

 するとお姉さんはピアノの椅子から立ち上がり、俺の方を向いてステージを終えた演奏者のような深い霊をしてフワリと改札の中へと消えていった。


 なんか、あのお姉さんと縁があるなぁ。

 ま、偶然か。


 と、思って急行電車に乗ったら、向かいの席に白いノースリーブのワンピースの女性。

 礼の特徴的な赤い花柄っぽい模様!!


 幽霊お姉さーーーーーーん!! また会っちゃいましたーーーーー!!

 というか俺、そのワンピースって花柄だと思ってんだけど、ちょっと違いますよね?

 あの……あまり詳しく聞きたくないんですけど、それって……血じゃないですかーーーー!?

 胸! みぞおちから少し左のあたり!


 でっかい花の模様だと思っていたのは、白いワンピースに広がった真っ赤な血の跡。

 赤い蔦の模様だと思っていたのは、ワンピースの上を流れた血の跡。


 あの、あのあのあのあのあのあの……ご遺体が見つかっていないって、もしかして何かとんでもない未解決事件の被害者だったりしませんかーーーー!?


 やだー、めっちゃ綺麗な微笑みが返ってきたーーーー!!

  

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