第13話◆常連の情報屋
黒い長い髪に真っ白いノースリーブのワンピース。胸の辺りに入る大きな花柄のような模様がやけに印象的で、それは蔓の模様だろうか裾まで縦長に花と同じ赤で模様が続いている。
ここからでは横顔しか見えないが、少し童顔で綺麗なお姉さん。見た感じ二十代前半くらいだろうか?
前世のように激しい戦いのないこの国で、こんな若くて綺麗な人が命を落として幽霊として彷徨っているなんてなんとも残念なことである。
そんな綺麗なお姉さんの幽霊は、窓際の席に座りボーッと窓の外を眺めている。
テーブルの上では温かいコーヒーが湯気を上げているのが見える。
このお姉さんは普通は見えない存在なので、知らない人がこの席を見ると誰もいない席にコーヒーがポツンと置いてあるように見えているだろう。
このお姉さんは何でこの喫茶店に来て窓の外を見ているのだろう。
どうして若くして亡くなってしまったのだろう。
そんなことを考えながら幽霊お姉さんの方をついつい凝視していると、俺の視線に気付いたのかお姉さんがこちらを振り返り、バッチリと目があった。
ヒッ!?
幽霊にはあまりいい思い出がないので、いつもならびびり散らして逃げるところなのだが、今は魔王達の前だしそんなダサい姿は見せたくない。
それに魔王の喫茶店の中なので、そこに来ている幽霊なら害のあるような幽霊ではないのだろう。
もし何かあったら魔王達がなんとかしてくれそうだし、怖くない! 怖くないぞ!!
幽霊お姉さんとバッチリと目が合って、少しビクッとしたけれどビビッているような素振りは見せず会釈をした。
するとお姉さんがスッと目を細めて、ニッコリと微笑みを返してくれた。
クァーーーーッ! 幽霊じゃなかったら恋に落ちているところだったぜ!!
俺にニッコリと微笑みをくれた幽霊お姉さんは、再び視線を窓の外に戻し窓から見える景色をボーッと眺め始めた。
「彼女が気になるか?」
「ああ、見えてしまったら気にするなという方が無理だな」
あまりまじまじと見るのはたとえ幽霊であっても失礼だと思い彼女から視線をはずし、最後にその横顔を見てカウンターの向こうにいる魔王の方へ視線をやる。
最後に見えたのは物憂げな彼女の表情。それは何かを思い泣き出す直前のような表情。
死してなおこの世に留まる者は己の死に気付かず彷徨う者もいるが、ほとんどの者は何かしらの感情でこの世に縛られている。
それは思い残したこと、深い悲しみ、後悔、寂しさ、強い怒り、恨みなど。
たいがいの者はその原因が解消すると納得して天へと還るが、中にはその理由さえ忘れこの世に留まり続け理由なく生者を呪い続ける者もいる。
それは世界が変わっても前世も今世も同じだ。
見えてしまえば、彼らの表情も見えてしまうことになる。
死ぬ瞬間の苦悶の表情を浮かべる者もいれば、怒りの表情の者もいる。そしてそこの彼女のような悲しみを感じる表情の者もいる。
他の表情は目に入った時に怖いという感情の方が先にくるが、悲しみの表情はつい理由を知りたくなってしまう。
己の死に納得すればあの世へと向かう魂。
理由がわかれば、自分でも悲しい表情をする者を救えるのではないかと錯覚する。
そしてそういう表情の者を目にして、無視をすると罪悪感を覚える。
だがここで安易に同情をしてはいけない。
全くの赤の他人の霊がこの世の縛られる原因なんて、俺にどうにかできることではない。
その上、下手に関わって何かしらで機嫌を損ねてしまえば自分が呪われたり、取り憑かれたりする可能性もある。
つまりどんな悲しい表情をしていたとしても、それをなんとかできる力がない者は幽霊なんかには関わってはいけないのだ。
たとえ喫茶店の片隅で物憂げな表情で窓の外を眺める美人が、目の端に涙を浮かべていることに気付いたとしても。
前世にはそういった者を天へ送るのは聖職者の祈りや浄化の魔法があったが、今世には浄化の魔法どころか魔法そのものが存在しないため、今世では神や仏に仕える者の祈りであの世へ送られることがほとんどのようだ。
しかし今世ではその神職の人達ですら、見えていない人の方がほとんどだと思われる。 だからこういう野生の幽霊は見えない人々には気付いてもらえず、本人が納得するまで成仏できず彷徨い続けるしかないのだ。
この辺りはもしかすると浄化魔法の使える魔王とその仲間達が、彷徨う者達を浄化しているかもしれないが。
「ふむ、彼女は去年の夏頃にふらりと現れそれからの常連だが、毎朝平日のこの時間になったらふらりとやって来て店の前を通る人を眺めている。誰か探し人でもいるのかもしれないな。どちらにせよ、深く関わらぬことだ。納得すれば輪廻の輪の中へ還っていくだろう」
ヒッ、そのノースリーブワンピース姿から考えると、亡くなった直後からここの常連になったということかな?
もしかして、元ご近所さん!?
「実は彼女、ご遺体が見つかっていないみたいで、ご家族が捜索願いを出してるんですよ。ご遺体が見つからず、ご家族の方は彼女が生きていると思って帰ってくるのと待ち続けてるんでしょうねぇ。だからお葬式もまだなんですよ……」
すぐ横でかるが俺の耳に顔を近付け小声で言った。
おい、怖い話でもするような声のトーンで囁くんじゃねえ。
「ま、気にするな。そのうち遺体が見つかって葬式を出してもらえれば成仏するだろ。若くて美人だからといって、変なお節介で関わろうとか思うなよ。女ってのはだいたいこえーからな。おっと、そう睨むなよ」
アレックスが軽口を叩いたのが聞こえたのか、幽霊お姉さんがグルリと首をこちらに向けた。
ヒッ、その首の動きと髪の毛の揺れ方がやっぱり幽霊っぽくてこわっ!!
関わらない! 絶対に関わらない! 見えるだけで無力な俺にできることはないのでお節介はやかない!!
お姉さんの憂いが晴れることだけをこっそりお祈りしておきます!!
「お、おう。見えるだけの俺にできることなんかないし、学生の俺は忙しいんだ。今日もこれから新生活に必要な家具や家電を買いにいかないといけないし、バイトも探さないといけないし、学校が始まると勉強も忙しくなるからな」
そうそう、俺は学校が始まる前に生活環境を整えないといけないし、学校が始まってからは勉強もしないといけないので、幽霊を構っている暇なんてないのだー。
「ふむ、家具と家電か。駅周辺の商業施設に家電量販店も入っているな。急行で次の駅までいけばもっと大きな店がいくつかあるかな」
麻桜荘は駅から少し距離はあるが、その駅というのが急行が止まる駅でそこそこ大きな駅だ。
その周囲には大型スーパーや専門店が入った駅ビルがくっ付いている。
魔王のいう商業施設とはその辺りのことだろう。
そしてその駅から電車に乗って急行が止まる次の駅は、乗り入れ路線の多い大きな駅だったはずだ。
そこまでいくと安い店がたくさんあるかなぁ。
せっかくだから、そっちの駅までいってみようかな。引っ越してばっかりで周辺のことを全く知らないから冒険気分で楽しそうだ。
「ああ、じゃあそっちの方も見てみようかな」
まだ少し残っていたコーヒーを飲み干し、席を立とうとするとヒヤリをした感覚が頬を撫でた。
「ん、お帰りか」
ヒヤリとした感覚の直後、魔王が入り口横のレジの方へと移動した。
そこにはいつのまにか、窓際の席にいたはずの幽霊お姉さんが立っていた。
あ、先ほどのヒヤリとした感覚はお姉さんだったのね。
幽霊お姉さんはレジのところで何やら魔王を話し込んだ後、チラリと俺の方を見てニッコリ微笑んでくれたので、俺も釣られて笑顔で会釈を返してしまった。
そして、カランカランとドアベルの音をさせて店の外へと消えていった。
魔王と話し込んでいたのがコーヒー代の情報ってやつかなぁ。
ふと彼女のいたテーブルの方を見ると、そこにあったコーヒーカップからはもう白い湯気は上がっていなかった。
「みちる君、気に入られちゃいました? まぁ、訳ありですけど僕達には害はない方だと思いますし大丈夫ですかね」
どうせ気に入られるなら生身の美人がいいのだが、幽霊だとしても綺麗なお姉さんに気に入られるのはちょっと気分がいいな。
「ふむ、そのようだな。駅ビルに入っている家電量販店で、新生活フェアをやっていると教えてくれたぞ。それから中古でもよいのであれば、電車に乗って急行で次の駅までいくと近くに大型のリサイクルショップがあるそうだ。物の怪情報のついでに家電情報まで置いていったな」
お姉さん、ナイス情報ありがとう!!
離れた駅の情報まで知っているって、幽霊って意外と行動範囲が広いんだな!?
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