第11話◆知らないとは恐ろしい

「おっと、危ない」

「グルッ?」

 暗い夜道、足元の小さな段差に気付かず躓いてしまいこけそうになったが、運動神経には自信のある俺、こけることなく華麗に着地。

 俺を先導してくれているハスキーワンコロがこちらを振り返り、低く喉を鳴らした気がするが気のせいか?

「ワフゥ?」

 ああ、やっぱマヌケ面だな。低い声は気のせいだったようだ。


 謎のワンコロがスマホを見ながら進む俺すぐ後ろをピタリとついてくる。

 それは俺が迷わぬように見張ってくれているよう。

 分かれ道で立ち止まって、スマホで道を確認していると進むべき方向へと服を引っ張ったり、後ろから頭で押したりして誘導してくれる。

 おいおい、そんなに押したり引っ張ったりしたらこけるだろ。

 でもそっちの道が正しいみたいだな。教えてくれてありがとう。



「あ、バス通りだ。あそこにさっきのコンビニが見える。ありがとう、すごく助かったよ! お礼に犬用のジャーキーを買ってくるからちょっと待っててくれ」

 しばらく歩いたところでだんだん街灯の数が増え、最終的に大きな街灯の並ぶバス通りに出ることができた。

「ワフゥ」

 地図アプリでバス通りの方向はわかったのだが、ワンコロが送ってくれたおかげで知らない夜道を一人で歩く心細さはなかった。

 あの後から変なものにも遭っていないし、もしかしてワンコロのおかげか?

 このワンコロも普通のワンコロではなさそうだけれど、とりあえず俺にとっは良いワンコロだ。

 よってちゃんとお礼をするぞー。


 こういう友好的な存在はちゃんとお礼をしておくと、また困った時に助けてくれることもあるし、何よりお礼をしなければ悪いことが起こることもある。

 恩の押し売りのようではあるが、実際助けられたのでお礼はしっかりしておく方がいい。


 ……と思って、人目に付きにくい建物の影でワンコロを待たせて、コンビニで犬用ささみジャーキーを買って来たのだが。

「あれ? いない?」

 先ほどワンコロを別れた場所に、その姿は見えなかった。


「帰っちゃったか」

 ささみジャーキーを手に持ってしばらく周囲を探してみたがその姿は見えない。

 しっかりお礼をしたかったのだが、いなくなってしまったのならしかたがない。次にまた会うことがあればその時にお礼を言おう。

 ささみジャーキーが無駄になってしまったな。

 また会えた時のために、近所を散歩する時には持ち歩くことにするか。


「む、まだうろうろしていたのか」

 ワンコロを探すのを諦め、アパートへ帰ろうとしたら後ろから聞き覚えのある声がした。

「魔王……じゃなくて、リシドッ! ……さん!」

「無理にさん付けをしなくていいが、こちらでは莉志トリシトと名乗っている故間違えぬように」

 振り返るとそこにはジャージ姿の魔王。

 そうだな、うっかり魔王なんて呼んでいるのを誰かに聞かれると、変な人だと思われてしまう。魔王はいいけれど、俺は変人にはなりたくない。


 ん? まだうろうろ?

「もしかして、俺がついていっていたのに気付いてたのか?」

 馬鹿な!? 俺の完璧な尾行がバレていたというのか!?

「ああ、後ろをついてきているのは気付いていたが、途中でいなくなったので飽きて帰ったものかと思っていた」

 やっぱバレてたーーーー!!

「そ、そうだな、何か悪巧みでもしているのかと後ろをつけたけど、何もしてないみたいだから途中で引き返しただけであって、お巡りさんに声をかけられたり、迷っているうちに変な神社を見かけたりして、おもしろ顔のワンコロに送ってもらったりなんか……」

「したのだな」

 ああーーーー、バカーーーー! 自分で言ってしまったーーーー!!

 くっそ……尾行がバレていただけではなく、迷子になったことまでバレてしまった。


「ス、スマホが通信障害っぽくて突然圏外になったから、帰り道がよくわからなくなっただけだよ」

 そうだ、あの通信障害がだいたいの悪い。

「ふむ、スマホの通信障害か……まぁたまにはよくあることだが、あの頃といったら丑三つ時だったな。丑三つ時は現世と隠世の境目が曖昧になり、狭間に迷い込みやすい時間だ。出歩くなら気を付けるがよい。あちら方面には神社はないから、その変な神社というのも隠れ世のものだろう」


 …………言われてみれば、スマホが圏外になったことに気付いたのは二時過ぎだった。

 つまり丑三つ時の始まり。

 電波が戻ったのを確認したのは二時半、それは丑三つ時が終わった時間。

 思い返せばお巡りさん以降あのワンコロ以外の生き物に遭遇していない。

 人も生き物も全く遭遇しなかったのは深夜だからだと思っていたが、狭間に迷い込んだか迷い込みかけていたのだろう。

 もしかしたらあのワンコロが服を引っ張って助けてくれたのかもしれないな。

 ありがとう、変顔のワンコロ!! また会えたら必ずお礼をするよ!!


「それで犬か……それはおそらく送り犬という妖怪とかあやかし、物の怪と呼ばれるものの類いだな」

「送り犬?」

 魔王の言葉をそのまま問い返す。

 確かに普通の犬ではないと思っていたが、やはりそういう存在だったのか。

 でも俺を明るいところまで送ってくれたいいワンちゃんだから、全く怖くなかったぜ。


「山で迷った者を里まで送り届けてくれるいう、一見すればありがたい犬だな。今では山が切り開かれ人々の住む場所になっているが、やはり今でも元は山だった彼らの縄張りで迷う者がいたら、その者の帰りたい場所まで送り届けてくれる」

 へーやっぱ、いい妖怪じゃん。ありがとう、送り犬のワンちゃん!

 そういえば俺は見えるけれど、妖怪についてあまり詳しくないんだよなぁ。

 自衛も兼ねて少しくらい知っておいた方がいいかもしれない。


「して、無事に送り届けられたということは、こけなかったということだな」

「ん? 途中で段差に躓いたような気はするけど、こけることはなかったな。こけたら何かあるのか?」

 俺がワンちゃんのことを思い返している間も、話を続けていた魔王の言葉が気になって聞き返す。


「ああ、迷い人を目的地まで守り送り届けてくれる犬だが、もし途中でこけてしまうと仲間を呼んで食われてしまうので気を付けるように。それから送り届けられたら、礼を言うとそこで帰っていく。とくに対価を要求するような者ではないので、礼だけ言えば問題ない。ん、どうかしたか?」

 魔王の話を聞いているうちにどんどん顔が引き攣っていく。

 危ねぇ……躓いたけれどすぐに持ち直せてよかった。

 というか服を引っ張ったり、頭で押したり、それでうっかりこけたら危なかった。

 もしかして狙っていたのか?

 いいワンコロだと思ったがやはり妖怪は妖怪だった。


 今回は色々な偶然が重なって無事に戻って来られたが、魔王の話を聞いて思い返してみるとかなり危ないところだったのかもしれない。

 丑三つ時に知らない場所に行ってしまったのは俺の落ち度。

 こけずに済んでセーフではあったがこけていたら危なかった。これは俺が送り犬という妖怪を知らなかった知識不足。


 やはり自衛のためにもっと見えざる者について知るべきだろう。

 今までは駄菓子屋のおっちゃんに教えてもらうことが中心で、自分で調べることはほとんどなかった。

 いや、どこでどう調べていいのかわからなかった。

 今なら同じアパートに魔王達がいる。

 これはチャンスだ。


 俺は一生この見えるだけの力と付き合っていかなければならない。

 これからもっと見えざる者に遭遇することになるだろう。

 かつての宿敵魔王に頼るのは悔しいが、将来のことを考えると見えざる者についてもっと知るべきだろう。

 何も力はないけれど、自分にできることはやらなければいけない。


「ん……知らないってこえーなって。俺は見えない奴らのことをよく知らないから、もっと知るべきだなって思っただけだ。だから……その……えっと……えっと……」

 やばい、改めてお願いしようと思うと恥ずかしい。

 前世の顔見知りではあるけれど今世では今日会ったばっかりで、いきなりお願いするのもなんか図々しい気がしてきて、どんどん小声になっていく。


「む? あやかし達のことを知りたいなら、時間のある時に店に来るがよい。人から見えない者といっても、それらはたくさんいる。その話を聞きたければまずは身近な者の話からしていこう」

 く……魔王のくせにいい奴っぽくて悔しい。

「お、おう。そういうことならお願いしようかな。大学が始まるまでもう少しあるから、その間に少しずつ教えてくれ」

 どうせ暇そうな店だし昼間に押しかけて話を聞かせてもらおう。


「うむ、決して暇な店ではないが、暇な時なら話を聞かせてやろう」


 嘘だ絶対暇な店だ。


 そんなことを思っても口にしない。


 今日会って少し話しただけなのに、魔王のイメージは前世と全く違う。


 そう装っているだけかもしれないのに、意外といい奴っぽく見えてしまう。


 これも絶対口にしない。どんなにそう思っても、まだ俺は全然こいつのことを知らないから。





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