第10話◆草木も眠る

「君、高校生? トイレットペーパーを持ってるってことはコンビニ帰り? この辺に住んでる子?」

 突然後ろから声をかけられてめちゃくちゃビックリして振り返ると、そこには二人組のお巡りさん。

 こ、これは……職務質問だーーーーーー!!


 高校の頃はこんな時間に出歩くことがなかったので、今までそんな体験をしたことはなかったのだが、ネットのSNSでその話は見たことがあるぞ。

 夜中、歩いているとお巡りさんに突然声をかけられた話!


 べっベベベベベベベ別に怪しいことや悪いことはしていませんよ!!

 悪い魔王の尾行をしていただけです!!

 って、魔王なんて言ったら俺が変な奴だし、よくよく考えたら夜中にこそこそ人の後ろをつけている俺ってめちゃくちゃ怪しい奴では!?

 しまった、またしても魔王の罠にはまってしまった!

 おのれ卑怯な! 卑怯すぎるぞ、魔王!!


 人生初の職務質問にびびり散らしながらも、春休みに取ったばかりの免許証を自慢げに見せて、今日引っ越して来たばかり道に迷ってスマホで地図を見ながら帰ろうとしていたと言い訳をして解放してもらえた。

 大丈夫です! スマホがあるので自力で帰れます!!


 で、解放してもらえたのはよかったがお巡りさんと話しているうちに魔王を見失ってしまった。

 そして魔王の後ろをついて来ただけで、ここまでの道を覚えていなかったので本当に迷ってしまった。

 結果的にお巡りさんした言い訳が本当になってしまった。


 はー、もうマジでスマホの地図を見ながら帰ろ。

 魔王の悪事を暴くのはまた次の機会だ。

 今日のところはこのくらいにしてやるからな! 覚えておけよ!


「あれ? スマホが圏外になってる。こんな都会で? ええー、通信障害とかかな?」

 スマホで地図アプリを開いてみたが、何故か読み込み中でずっと現在地が表示されない。 よく見ると、圏外の文字。

 マジかよ、こんな時についてない。


 あーあ、魔王を尾行しているうちに二時を過ぎているじゃないか。

 ま、マンションからそう遠くないしネットに繋がらなくても、現在地がわからないだけで、コンビニの場所を調べた時に表示した地図を見ればだいたいの場所はわかるだろう。

 えっと、ここがさっきのコンビニで道路を渡って入ったのはこの道、それから多分曲がったのはこの辺で……その先はあんまよく覚えていないけれど多分この辺のどこかだろう。

 よっし、適当に歩いていればきっとバス通りに出られるはずだ。



 で、更に迷った。



 畜生!! どうしてこうなった!!

 相変わらずスマホは圏外、気がつけば街灯の数も少ない場所。

 もちろんこんな深夜に人の気配はなく、周囲の家はどこも明かりは消えている。

 遠くで光る街灯の光だけが照らすくらい夜道。急に心細く、そして嫌な予感がし始めた。


 やばい、塩も線香も持ってきていない。妖怪避けのお守りの類いもない。

 そして迷いに迷ったせいでどちらに進むべきかもわからない。

 大丈夫……まだ大丈夫……背筋が寒くなるような気配――見えざる者の気配は今のところはしない。

 変なものに遭遇する前に街灯の多い明るくて大きな道に出なければ。

 明るい場所にいる者もいるが、暗くて人気のない場所を好む奴の方が圧倒的に多い。


 周囲をキョロキョロと見回し、少しでも明るい方向を探る。

 外灯が多い場所は、その光で空も少し明るく見えるはずだ。

 魔王荘の前を通るバス通りは外灯の数が多く、かなり明るかった。運が良ければそちらの光が見えるかもしれない。

 あ、あっちの方が少し明るいな。

 よっし、あっちに決めた!!


 立ち並ぶ家々の黒い影の向こうに、ほんのりと青白い光が空に漏れているのが見えた。

 バス通りの外灯は黄色っぽかったような……ま、この時間でも明るいってことは公園か何かの施設だよな。

 目立つものなら目印にもなるので、スマホが圏外の状態でも地図を見れば現在地がわかるはずだ。

 そう判断してその青白い光を目指して歩き始めた。




「あれ? 神社?」

 光の見える方を目指して歩くと、家と家の間にある細い道の先に細い階段。それはその先に見える小ぶりな赤い鳥居をくぐり、更に奥へと続いている。

 その神社の照明なのだろう、鳥居周辺からその奥にかけてが青白い光で明るくなっており、その光が住宅街から夜の空へ漏れていたようだ。


 バス通りではなかったが、神社なら地図上に記載があるだろう。

 相変わらずスマホは圏外。自分の位置が読み込めず、ただの地図になってしまったアプリの地図をグリグリ動かして近くの神社を探す。

 あるねぇ、バス通りの反対には大きめの神社があるけれど、こちら側には神社らしきものがないなぁ。

 ちっこい神社は載っていないのかな。

 うーん、困ったな。神社以外は家ばかりで目印になるものはなかったしなぁ。


「ワフッ!」


 神社へ続く道の前で地図アプリをグリグリと弄っていると、後ろで犬の声が聞こえて服を軽く引っ張られた。

 振り返ると、ものすごく人懐っこそうな顔をしたシベリアンハスキーのような大きな犬が、俺の上着の裾を加えてグイグイと後ろに引っ張っていた。


 野良にしては妙に毛並みが整っていて、丸々と太っている。

 そして何よりこの少しアホ面とも思える人懐っこそうな表情、だが左目が金で右目が青のオッドアイはどこか神秘さも感じさせられた。

 どこかの飼い犬か? もしかして、俺と同じ迷子?

 大きな犬なのだが、妙に人懐っこい雰囲気あってあまり怖くない。

 それにしても、何か妙にグイグイ引っ張るな。何かあるのだろうか?


 気になって犬の方を振り返り引っ張られる方に行く素振りを見せると、犬は俺の服の裾を放し、ついてこいとばかりにこちらを振り返りながら俺が元来た道を進んでいった。

「なんだぁ?」

 怪しい犬の可能性はあるが、少し戻るくらいならいいか。

 と犬の後を追って、この神社を見つける直前に曲がった曲がり角を曲がった直後。


 チリン……。


 小さな鈴の音が背後の曲がり角――俺が先ほどまでいた神社の辺りから聞こえた。


 チリン……チリン……。


 その音は何度も繰り返される。まるで揺れている鈴のよう。

 それは、人がゆっくりと歩くリズムにも近い。


 ゾクッ!


 入学式直前のこの時期。昼は暖かくとも夜はまだまだ肌寒い。

 だがそれとは全く違う異質な寒さが背筋に走った。物理的ではなく心の中からくるような寒さ。

 それは魔王を尾行していた時に見た女の子の霊のものよりも強く、そして明らかな嫌な予感に近い恐怖と共に。


 その曲がり角の先に何が起こっているのか見たい。

 だが、それは見てはいけない。

 本能的にそう思った。


 チリン……チリン……チリン……。


 鈴の音は続く。

 すぐ横に俺をここまで連れてきた犬の気配を感じがら、無意識に気配を消しその鈴の音が早くどこかへ行くことを願っていた。






 どれくらい時間が過ぎただろうか、鈴の音は遠ざかるように消え、背筋の中から凍えるような異質な寒さもなくなり、正体のわからぬソレがもうこの近くにいないことを確信した。


「よくわからないけど、助かったよ。ありがとう」

 緊張が解け、座り込みそうになるのを我慢して近くの家の壁に背中を預けため息をつく。

「ワフゥ?」

 ハスキー顔の犬が人懐っこい表情で首を傾げた。


 こいつのおかげでマジで助かった。

 先ほどの鈴の音は正体は見えなかったけれど、絶対やばい奴。

 あの神社から出てきたということは神社の主か縁の者。祀られる程の力を持っている者。

 祀られていると一言にいっても、人に対して利があり友好的だから祀られている存在もあれば、危険な存在であるが故に祀ることによって神社に封じているというパターンもある。


 このアホ面ワンコのおかげで妙な存在のお通りをやり過ごすことができたので、思わずお礼にコンビニで買ったカルパスをあげたいところだが、塩分が多そうだからダメだよなぁ。

「ワフゥ?」

 くそぉ、その愛嬌のあるアホ面で首を傾げやがって、おやつをあげたくなるだろ。

 本当はダメだけれどちっこいやつだからいいかな。塩分多そうだけれど大丈夫かな?

「ホントはダメだけど、ちっこいのを一個だけだぞ」

「ワフッ」

 一口サイズのカルパスを包みから出して差し出すと、ワンコはパクッとそれを受け取って食べた後、また俺の服の裾を引っ張った。

 先ほど、一度逃げてきた神社の方向へと。


「もう行っても大丈夫なのか?」

「ワフッ!」

 ワンコロが肯定するように返事をして、俺の服を引っ張るのをやめて神社方へと進み始めた。

 その後をついていってみると――。


「え……神社がない……」


 家と家の間にあった細い道はそこにはなく、俺がここまでくる目印にしていた青白い光も消えて真っ暗な住宅街だけがあった。


 なんとなくスマホを出して見れば、時計は二時半をほんの少し過ぎたところ。

 よく見れば先ほど圏外だったスマホにアンテナマークが戻ってきている。

 それに気付いて地図アプリを開くと、先ほどまで動くことがなかった現在地の矢印がパッと移動して、俺が今いる場所を示した。

 そこには神社はもちろんのこと、俺が見た細い道すら記載がなかった。


 草木も眠る丑三つ時。


 そんな言葉を思い出し、その丑三つ時という時間が終わった今になってからだった。

 今まで深夜出歩くことがなかったので気にしたことはなかった、人々も草木も眠り見えざる者が活発になる時間。

 先ほどの鈴の音も神社もそれに間違いないもので、きっと会ってはいけないものだったのだろう。


 先ほどの鈴の音とゾクゾクした感覚を思い出し、すでに終わったことへの恐怖に一人身震いをしながら地図で現在地とバス通りを確認してバス通りがあると思われる方角の空を見れば、ややオレンジ色の暖かい光が立ち並ぶの屋根の向こうに見えた。


「ワフッ!」


 アホ面のハスキーワンコが元気よく吠えて、そちらの方向に進みつつ俺の方を振り返る。

 くるっと巻いた太くてモフモフの尻尾をプリプリと振るその愛嬌ある姿になんとなく安心感を覚えるが、それと同時にこの犬が普通の犬ではないことを確信しつつあった。

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