第9話◆人々が寝静まった後に

 魔王荘……じゃなくて、麻桜荘があるのは住宅街の中を走るバス通り沿い。

 片側一車線の道路の両側にある歩道に街路樹が続いている、洒落っ気のある並木通りである。

 最寄りの駅からは距離があるのだが、麻桜荘前のバス通り周辺にはドラッグストアやコンビニ、スーパーなども見える。


 そうバス通り。

 駅からバスに乗ればすぐに着く距離なのだが、地図だけ見て近くだと思ってバス代をけちって徒歩で麻桜荘に向かい、途中で迷って女の幽霊に追いかけられたり、ツチノコにびびり散らしたりすることになったのが俺である。


 こ、今度は迷わないぞ!

 というか同じ通りにあるコンビニに行くだけだから迷いようがない。

 ちゃんとスマホで場所を確認したので大丈夫、こんなの迷う方が難しい。

 距離も徒歩五分程度だから、スマホで地図を見ながら歩かなくても問題なく到着できる。



 なのにどうして迷っちゃったのかなー!? あっるぇーーーー!?



 そうだ、魔王のせいだ! だいたい魔王が悪いんだ!

 あんにゃろ、こんな夜中に何をしていたんだ!?

 自分の現在地が全くわからない状況の中、どうしてこうなったかを思い返した。






 アパートからコンビニまでは無事に到着して、トイレットペーパーも買ったんだ。

 ついでにポテチとコーラと一口サイズのカルパスを何個か買ってしまった。

 高校生の頃は深夜出歩くことはなかったから、客が俺しかいない店内も、レジ横のショーケースがカラッポなのもすごく新鮮で、つい目的のトイレットペーパーを手に取った後も店内をうろうろして、買う予定のなかったものまで買ってしまった。

 そのせいで思ったよりコンビニに長く居てしまった。


 そしてそのコンビニを出て来た道、バス通りをアパートの方へと帰ろうとした時、コンビニとは反対側の歩道を歩いている黒髪長髪長身細身の美形の姿が目に入った。

 どこにでもありそうな普通の黒系ジャージを無駄にかっこよく着こなし、長い髪の毛を何故かポニーテールした超イケメンが、人通りのないの深夜の住宅を颯爽と歩いている。

 この無駄に黒が似合うイケメン、どっからどう見ても魔王である。


 魔王は道路を挟んで反対側にいる俺に気付くことはなく、バス通りから脇道の方へと曲がっていった。

「こんな時間に何やってんだ?」

 バス通りから外れると住宅しかなさそうだよな。こんな夜中に何の目的で住宅地の方に行ったんだ?

 は!? まさか何か企んでいるのか? 人々が寝静まった時間に、こそこそと何かをしているのだろうか? もしかして何か悪いことでもしているのか!?

 好奇心ではなく俺の正義の血が騒ぐので、少しだけ尾行してみよう。




 車もほとんど通らない深夜のバス通りを走って渡り、魔王が曲がった道へと俺も入っていく。

 俺がその道へ入ると、魔王がその先の道を曲がろうとしているのが見えた。

 おっと危ない、早速見失うところだった。

 かといって近付きすぎると、尾行に気付かれてしまいそうだ。

 足音をさせないように早足で歩きながら魔王が曲がった角まで行き、すぐに曲がらずその先をそっと窺った。


「おっと」

 すぐに曲がらなくてよかった。

 曲がった少し先での家の前で魔王が上を見上げていた。


 他所の家の前に立って何を見てんだ? まさか家の中を覗いている?

 どんなに顔が良くても、明らかにその行動は怪しい。泥棒や変質者のそれである。

 こいつ何をやっているんだ。


「ニャッ」


 不意に聞こえてきた猫の短い鳴き声。

 魔王が見上げている家の塀の内側から、猫がピョンと塀の上に姿を現したのが見えた。


「ニャッ」

「ニャッ」

「ニャッ」


 最初の一匹が現れた後、それを追うように次々に猫が短い鳴き声と共に塀の上に姿を現した。

 どの猫も首輪を付けていないようだから、野良猫か?

 耳を澄ませば、その猫達がお互いの顔を見ながらウニャウニャと何か喋るように鳴いているのが聞こえる。

 それはまるで、ファーストフード店でお喋りをしている女子達のよう。

 そしてその様子を塀の前に立ち見上げる魔王。その姿はめちゃくちゃ怪しいのだが、猫達の会話を聞いているようにも見える。

 魔王だから猫語くらい超余裕でわかるのか?


「うむ、なるほど。いつも情報感謝する。では情報料だ、持っていくがよい。また来週よろしくたのむぞ」

 猫達のウニャウニャトークが一段落したところで、魔王がジャージのポケットから猫用のおやつらしきものを取り出し、猫達に話しかけながら塀の上の猫達一匹一匹に与えていく。


 情報感謝と言っているということは、やはりあのウニャウニャは猫語で魔王はそれを理解しているようだ。

 猫語がわかるということは猫語を喋ることができるのだろうか?

 ……あの顔であの声でウニャウニャは変な人だな。面白そうだからその場面を見てみたい。


 しかし野良猫に餌を与える行為、しかも他人の家の前で。

 それはけっしてよろしい行為ではない。どちらかというとギルティ。

 よってこれは悪い行為だ!! やっぱ夜中の人目のない時間に悪いことをしているじゃないか!


 おっと、そんなことを思っていると猫達がいつの間にかいなくなって、魔王が再び住宅街の中を進み始めたぞ。

 次はどこに行くのだ? 貴様の悪事、全て暴いてやるぞ!!



 そしてまたしばらく魔王の後ろをこっそりと付けていく。

 ふ……俺くらい気配を消すのが得意だと、魔王の尾行くらい余裕なのだ。

 次に魔王が立ち止まったのは、整備された住宅街には不似合いな小さくて古い祠の前。

 住宅街の片隅にひっそり建てられた祠。おそらく、地元の神格持ちの存在を祀ったものだろう。


 人が住む場所やその近くにある小さな祠や地蔵には、古くからその地で信仰され、その地を守護している存在が祀られ、実際にそこがその者の住み処であることが多い。

 そういう存在は、それを信仰する者には寛容な者が多い反面、その地を荒らす者や不敬を働く者、他所から来た妖怪の類いには厳しく、時には呪いをかけられることがあるので注意しなければならない。


 己の縄張りを荒らされることを嫌う者が多いため、変な妖怪に追っかけられた時にこういった祠や地蔵の近くに逃げ込むと、だいたい妖怪を追い払ってくれる。

 追い払ってくれた後にしっかりお礼をしておけば、次に来た時にまた助けてくれることもある。

 見えるだけで何もできない俺は、こういう祠や地蔵の場所はしっかり覚えて、普段からお供えをしてもしもの時に助けてもらえるようにしている。

 ここの祠も、後日ちゃんとお供えを持ってこよう。

 道は……多分大丈夫。スマホの地図アプリにメモをしておこう。


 しかしこういう存在が比較的寛容といっても人間とは基準が違うので、何が逆鱗に触れるわからないし価値観も全く違うため、うっかり変なお願いをすると斜め上向きな叶え方をされることもあるので要注意だ。

 困った時の神頼みではあるのだが、適度の距離で礼を忘れることなく接しなければならない。


 そんなその地の守り神的なものが棲んでいるだろう祠に、異世界からやってきた魔王が何の用だ?

 まさかこの辺りを縄張りにしている守り神を追い出して自分の縄張りにするつもりか?

 なんて奴だ、さすが魔王。極悪非道!


 む? 魔王が祠の前で指パッチンをしたら魔力を感じたぞ。さてはこいつ魔法を使いやがったな。

 この魔力の感じ、前世で勇者になる前からすごく馴染みのあった魔法だ。

 魔力があるものなら庶民でも習得している初歩的な魔法――お掃除魔法こと浄化魔法だーーーー!!

 こいつ、祠の掃除をしているぞ!? ちくしょう、なんかいいことをしてやがる!!

 というか、浄化魔法うらやま! 浄化魔法があったら掃除が楽になるのに!!


 そしてどこからともなくまんじゅうとカップ入りの酒を出してきて祠にお供えをしているぞ!

 こ、これは収納魔法か!? 浄化魔法に続いて収納魔法もうらやま!!


 ん? 祠の中から小さな白蛇がヒョコっと顔を出したぞ。

 これは本物の蛇ではなく見えざる者の方の蛇、おそらくこの祠の主だろうな。

 それが祠顔を出して、魔王と向かいあって頷くように首を上下に振っている。

 何か話しているようにも見えるが、その声は聞こえてこない。その感じからしてかなり親しそうにも見える。

 異世界から来た魔法のくせに、こちらの守り神となれ合っているのか?

 魔王らしくないやつめ。魔王の威厳はどこにいったんだ。

 俺達を簡単に退けた魔王らしく、異世界の威厳をもっと見せつけてやれよ!


 そんな行動、魔王らしくない! よってやはりギルティ! 浄化魔法と収納魔法を使っているのもズルいからギルティ!


 ん、魔王が移動を始めたぞ。見失わないように追いかけないと。

 おっと、祠を通る前に俺もお供えをしておこう。たいしたものは持っていないので、先ほどコンビニで買った小さいカルパスで。

 今度来る時はちゃんとしたお供え物を持ってきます。なので俺が魔王の後ろを付けていることは、魔王には内緒でお願いします。



 魔王が次に足を止めたのは、見通しの悪い三叉路。その片隅には真新しい花やお菓子やジュース、文房具がたくさん置かれている。

 これは最近ここで誰か亡くなったということだろう。場所的に交通事故だろう。

 ふと魔王荘に向かう道中に出会った女の幽霊を思い出し、背筋がゾクゾクした。


 それは非常にはっきりとした寒気で、思い出しただけではここまで強い寒気を感じることはない。


 いる。


 そして、いた。


 たくさん置かれた花やお供え物の傍に座り込む、赤いランドセルの女の子。

 その顔は血だらけで、服もボロボロで血塗れ、手はあらぬ方向に曲がり、腰から下は透けているが足の角度がおかしいのが薄らと見える。

 どうやらこの子がこの交通事故の被害者のようだ。


 その女の子に視線を合わせるようにしゃがみ込み、女の子の顔をどこからともなく出してきたハンカチで拭いてやっている。

 幽霊に物理的な干渉ができるのか。さすが魔王、チートキャラすぎるぜ。


 自分が死んだことに気付いていない者、その死が納得できない者、何か強い執着や思い残しがある者は、このようにその死に関係ある場所、もしくは思い残しがある場所に居続けることがある。

 自分の死を理解していない者ならその死した場所で、その瞬間をループし続けるいる者もいるとかなんとか。


 そして日本のゴーストの場合、死してから四十九日はこの世に残りその後あの世に行くといわれており、四十九日を過ぎてあの世に行かなかった者は、この世で彷徨い続けることになると、お世話になった駄菓子のおっちゃんが言っていた。


 このお供え物の感じからして、この女の子はごく最近亡くなったのだろうか?

 もしかするとまだ四十九日を迎えていない者かもしれない。ならばまだ間に合う。

 彼女をここから解放して、彼女を供養してくれる場所へと連れていけば、彼女は成仏することができるだろう。

 年からして、自分が亡くなったということを理解できていないのかもしれない。


 くそ、俺は見えるだけで何も力がないから。

 線香を上げるくらいしかできないのに、ちょっとコンビニに行くだけだのつもりで出てきたため、その線香すら持って来ていない。

 くそぉ、魔王なら何とかできそうだが、何とかしようとしているのか?


 あ、女の子が泣き始めた!

 ちくしょう、魔王め。女の子を泣かしやがったな!! これは重大なギルティだ!!

 だがその顔はすでに綺麗に血が拭き取られ、傷跡はあるものの元の可愛らしい顔が窺えるようになっていた。


 しばらくして女の子が泣き止むと、差し出された魔王の手を取って立ち上がり、手を繋いで歩き始めた。

 死を理解していなかった女の子に死を伝え、彼女が死したこの場所との繋がりを断ち切りって彼女の家族のところに戻ることを促したのだろう。


 くそぉ、俺は何もできないからその子のことは任せたぞ!

 だけどどんなにイケメンでも、小さな女の子と手を繋いで深夜の道を歩くのは犯罪臭がするのでギルティ!!


 魔王達が歩き出したので、再びその後をこっそりついていこうと歩き出した時――。


「こんばんは」


 魔王に夢中で周囲の気配に全く注意を払っていなかったため、突然後ろから声をかけられて心臓が飛び出るくらいびっくりした。



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