第7話◆魔王荘へようこそ
「うむ、元が女神側の勇者とならば我々のことを知らねば、我々のことをそう簡単には信用できまい」
ご飯を味噌汁とおかわりしすぎてカウンターで動けなくなっている俺に、魔王がこちらに来ている魔王軍について話してくれた。
くっそ、そんな話を聞いたところでお前らのことなんか信用しねーからな!
魔王曰く、あちらの世界での長い戦いに疲れた魔王は、自分の配下や領民達を連れ随分前にこちらの世界に移住してきたそうだ。
随分前っていつからだよ! え? 戦いが嫌でこちらの世界にきたら戦乱の時代で日本のあちこちで戦をしていた?
そりゃご愁傷様。
そんな時代にこちらに来たがしばらくして比較的安定した時代になって、それが長く続いた後何度となく大きな混乱の時代はあったが、なんとかこちらの生活には馴染んだ?
それなりに時間があったので、転移してきた者は各地に散らばり人として生活をし、すっかりこちらの世界に溶け込んでいる?
いやいやいやいや、それ高校普通科の俺の知識でわかる範囲だと、おそらくこっちに来たのって戦国時代くらいの話だよね? 歴史の生き証人じゃねーか!
大所帯で引っ越してきたから、全ての者がこちらに馴染むまで大変で気付いたら飛ぶように時間が過ぎていたから、世間で何が起こっていたかは最近まであまりよく知らなかった?
ご長寿魔王様達の最近って、いつくらいのことなんですかねぇ。
ていうか俺より地球人歴長っ! 何だこの敗北感!
て、知られていないだけで元魔王軍の奴らがあちこちで人として暮らしているのか。
ということは俺がお世話になった駄菓子屋のおっちゃんも……。
それで、大所帯でこちらに受け入れてもらった恩があるので、あちらの世界で持っていた力を使って、幽霊や妖怪が人間に害が成さないように成仏させたり妖怪達の領域に送り帰したりしていた?
ああ、それでさっきの……いや、何でもないっす。俺は何も見てないっす。
ふぅん……べ、別にそれだけでちょっといい奴だとか思っていないからな!
そ、そう簡単に信用しないぞ!
てか妖怪達の領域? そんなのあるんだ。
俺達人間が住んでいるところが
ふむふむ、その隠世の先には格の高い神格持ちが住むのが
それからもう一つ死者達が送られるあの世という場所もあるそうだ。
ちなみに俺達が元いた世界はあの世の向こうだとか。
つまり死んであの世に行った後、そこからこちらの世界に来たということなのかな?
人間から見て見える者と見えざる者の領域はこのように分かれており、大半の者はこの領域を行き来することはない。
しかし双方に迷い込む者や、何らかの手段で本来は入れぬ領域に入り込む者はちょいちょいいるらしい。
うっかり現世側に迷い込んで住み処に戻れずそのまま現世を彷徨うあちら側の存在や、死しても現世への執着が強くあの世へ行ずにいる者も少なくないという。
また神格を持つような上位の者は、この領域を自由に行き来できる者もいるとかなんとか。
現世と隠世の間には狭間という曖昧な空間があり、ここまでは迷い込む人間も妖怪も少なくなく、怖い話の定番の神隠しや偶然迷い込んで怖い体験をしたけれど後で確認するとそんな場所はなかった、なんていう話はだいたいこの狭間での出来事らしい。
なおこの狭間という空間、あの世にも繋がっているので一歩間違えるとそのままあの世に逝ってしまうことになるとかなんとか。
やだ、怖い。迷い込まないように気を付けよ。
「そういった場所に迷い込んでしまった現世の者、それからその場所からこちらにできて悪さをする者達を元の場所に戻すのが俺達の仕事だ。まぁ、そう忙しい仕事でもないので、普段はこうしてアパートを経営しながら趣味の喫茶店を営んでいる」
アパート経営をしながら趣味の喫茶店なんて、魔王のくせに羨ましい生活だな。
しかも人知れず見えざる者を元の場所に返す仕事を裏でやっているだなんて、厨二心をくすぐられてかっこいいじゃねーか、ちくしょう。
「迷い込んだだけじゃなく、強い悪意や侵略の意志を持って入り込む奴もいるから、そういう奴をお仕置きして元の場所の管理者に引き渡すような仕事もあるな。まぁ、そっちの仕事はたまにしかねーから、暇潰しに人間の真似事で始めた肉屋の店長がすっかり板に付いちまったが」
金髪の大男は肉屋。
その肉屋本当に普通の肉屋ですか? 妖怪の肉とか並んでいませんよね?
ものすごくでっかい包丁が似合いそうで、この人にお仕置きされたら、スラッと三枚に卸されそう。
「そういった迷子案内だけじゃなくて、見えざる者が見えてしまう人のお悩み相談とかもやってますよ。みちるさんも、何かお困りになってこの物件を紹介されたのでしょう? このアパートで部屋を借りる人は上様の関係者か見えることで困っている人間の方ばかりですから」
ああ、駄菓子屋のおっちゃん。
子供の頃から俺が他の奴が見えないものが見えるって話を、信じてちゃんと聞いてくれていた。
あのおっちゃんのおかげで、見えない者の話を誰にも信じてもらえず一人で怖がることはなくなったし、見えざる者のやり過ごし方も知ることができた。
魔王の部下だとしても、駄菓子屋のおっちゃんには感謝しかない。
「確かみちるはデュラハン族のモホロビチッチの紹介だと聞いているな。君が見える方の人間だとゆう話は不動産屋から聞いている。ここなら見えるだけの者でもだいたい安全に暮らせる故、安心して過ごすがよい」
だいたい安全。だいたい。それは安心していいのか!?
それに駄菓子屋おじさんデュラハンだったんだ。そして本名そんな名前だったんだ。
普通のおっちゃんにしか見えなかったし、しかもなんなんだその不連続が面をしてそうな名前は!
話の流れからして不動産屋さんも魔王の配下の者なんですかね。
人間社会に入り込みすぎでは、魔王の仲間達!!
それより魔王がナチュラルに俺のことを下の名前で呼び捨てにしてやがる。
ちくしょう、俺も下の前で呼び捨てにしてやるからな!!
あちこち突っ込みどころしかないし、大家は前世で宿敵だった魔王だし、その部下もあちこちにいるみたいだけれど、見えるだけで力のない俺は彼らを頼るしかできないのだ。
それにここにいれば魔王達が怪しい活動をしていたとしても、すぐに気付くことができる。
気付いて何ができるわけでもないが、見張るだけならできる。
お、俺はまだお前達のことを信じたわけじゃないからな!
「はい、見えるだけで何もできないのでよろしくお願いします」
心の中では何とでもいえるのだが、今は一般市民の俺は差し障りのない返事しかできない。
ちくしょうー、前世も今世も魔王にやられっぱなしだが、少しでもやり返せるように食べ放題のご飯と味噌汁はいっぱい食べて赤字にしてやるからなー!
「ま、この小僧の部屋は俺達と同じ階だし、少々何か突っ込んできても大丈夫だろ」
何か突っ込んで来るのか!?
「ここにいる人は見える人ばかりですからね、幽霊もそれに気付いて寄ってきやすいですけど、よくあることなので気にしないでください。やばそうな時は僕達か上様に気軽に声をかけてください」
いやいやいやいや、やばそうなのが来ないようになんとかしておいてくれ!!
「ふむ、早速馴染んだようだな。ではこれからよろしく頼む、そしてようこそ麻桜荘へ」
ようこそ麻桜荘へじゃねーよ!
どちらかってーと麻桜荘……魔王荘じゃねーか!!
ちくしょー、大学生活の四年間お世話になるからなーー!!
こうして俺の魔王荘での新生活は不安だらけのままスタートした。
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