第5話◆魔王の話
「はじめまして、
なんだこの自己紹介。
「ふむ、あちらの世界では魔王呼ばれることもあったが、こちらでは
なんだその厨二病風のキラキラネームは!?
って、配下を引き連れて転移って魔王軍がごっそりとこちらの世界に来ているということか?
転生ではなく転移だからこいつらは魔法が使えるということか?
つまりこいつらは違う世界に転移をすることができるか、その方法を知っているということか??
「どうも、代々リシド陛下に仕える由緒正しき猫又族のカカル、こちらでは
ああ、前世の世界には様々な種類の獣人がいたな。
俺が住んでいたところは人間しかいない国だったから、獣人や亜人って魔王の支配地に入った時に初めて見たんだよな。
たしか獣人は人間に近い見た目の種族でも、耳は獣耳で尻尾が生えていることが大きな特徴だったが、こいつは今は見るからに人間だな。魔法を使って隠しているのかな?
「
この金髪大男のどこに陽緋色要素があるんだって思ったけど、こいつらの名前について深く考えるのはやめよ。
っていうか見た目が日本人離れしてるせいで、この妙な名前が帰化した人っぽくて逆に違和感がない。
それにしても近衛隊長というだけあってめちゃくちゃ強そうだなぁ……逆らわんとこ。
って、魔王の目付役って魔王をぶん殴っていいんだ。俺も目付役になりたい。
いやいやいやいや、そうじゃない!!
なんだ、この奇妙な自己紹介の数々!? なんで魔王軍がここにいるんだ!?
まさか、前世の時のように人間を滅ぼそうとしているのか!?
そのために人間社会に溶け込んで何かしている!?
でもなんで妖怪や幽霊を排除してたんだ?
いや、あの時の雰囲気からして排除というか、人のいる場所から元の場所に戻していた、輪廻の輪の中に送っていた感じだった。
こいつらの目的は何なんだ?
次々と湧いてくる疑問、前世からの因縁であるのはよからぬ感情と憶測が頭を駆け巡る。
俺達しかいない喫茶店で、大男とヒョロ男と並んでカウンターに座り、正面のカウンターの向こうではエプロン姿の超美形オーナーがコポコポとコーヒーを淹れている。
その顔はやはり俺の記憶の最後に残っている魔王の顔で、自然と顔が険しくなる。
「まぁまぁ、そう険しい表情にならないでちゃんと話しましょう。話せばわかるはずですから……ええ、だいたいあの女神に洗脳されてた方でしょうから。これは僕から話すより上様から話していただいた方がいいでしょう」
洗脳? 洗脳ってなんだ?
俺の表情が厳しくなっていることに気付き、ヒョロ男が諭すような口調で言った。
そうだ、今は前世とは違う。
今世は魔物――妖怪や霊はいても見えない者の方が圧倒的に多く、それが普通である。
そしてそれはその存在は信じる者が多くありながらも、実在しないものとして扱われている。
魔法なんて信じるものの方が少ないレベルで、存在するのは物語の中だけである。
それに今世の俺は見えるだけで何も力を持っていない。
こいつらに刃向かったところで勝てるわけがない。いや、力があった前世ですら触れることも叶わず一瞬で負けた。
敵意を剥き出しにしたところで、力ではどうすることもできないのだ。
ならば話を聞くしかない。
「ふむ……今も昔も人と争う気はないのだが、かの女神の影響を受けた者――とくに勇者ともなれば俺に敵意を抱くのも致し方あるまい」
「人と争う気がない? 今も昔も?」
思わず聞き返した。
前世での惨状を思い出して表情が更に険しくなり、自分でも驚くくらい低い声が出た。
前世、魔王軍との戦争で多くの命が失われた。
魔王の支配地との境界では何百年と紛争状態が続いており、気の遠くなるほどの数の死者が出続けていた。
長きにわたる魔王軍との戦いを終わらせるため、女神の神託により選ばれた者が魔王の討伐に向かい、そして皆帰って来なかった。
俺も、俺の仲間もその中の一人だ。
前世では学校のようなものはなかったが、教会で読み書き計算や簡単な国の歴史は習った。
とても長い魔王と人間との戦い。
人間の歴史は悪の権化である魔王との戦いの歴史。
負け続け、奪われ続けた歴史。
あの世界のあの国に暮らしていたのなら、魔王軍とそして魔王の恐ろしさは、物心付いた頃から嫌というほど聞かされる。
幸い俺の故郷は魔王の国との国境から離れていたため、神託により勇者に選ばれ故郷を出るまでは実際にその現場を見ることがなくあまり実感はなかった。
だが魔王領の国境付近で見た凄惨な光景は、今でもはっきりと思い出すことができる。
焼き払われた町や森。戦場に置き去りにされた死者。浄化されず放置された死者達から生まれるアンデッド。
遠くで聞いていただけの残酷な話が、現実として目の前にあった。
「争う気がなければ、何故戦争が終わらなかった?」
だったら何故戦争をやめなかった。
何故、人間の国を執拗なまでに攻め続けた?
「そこに民がいる限り、それを脅かす者は排除せねばなるまい。そこに住む者の営みがあるのは人間もそれ以外の種族も同じなのだ。人間が我らの領域を奪おうとするのであれば、争う気がなくても守るために戦わねばならなかった。それだけのことだ」
「奪う? 奪おうとしたのはそっちじゃないか。森を焼き、近隣の町を焼いたのはお前達じゃないか?」
奪われたのは人間の方だった。
その国境にあった森は焼き払われ、周囲の町もそれに巻き込まれ焼け野原になった。
そして、そこを戦場として長い長い戦いが続いていた。
それは俺が生まれる前から続く戦争。
魔王と人間の戦いの歴史として、周知されていること。
「ふむ、やはりそこから食い違っているか」
「食い違う?」
魔王の言う食い違うの言葉の意味がわからず、即座に問い返す。
だんだんが言葉が荒くなっている俺に対し、魔王は全くの無表情。
そしてその部下は俺達の会話に口を挟むことなく、黙って聞いているだけだ。
「我々と人間との戦いは非常に長かった、それは人間の命の長さよりも遥かに。故に始まりを知る者はこの世を去り、残された者の間で伝聞となり歪む。そこに故意に歪ませた存在がいるのなら尚更。あの終わらぬ戦いは我らとの共存を拒んだ人間が、境界の森を焼き払い我々の領土に攻め入ったことが始まりなのだよ」
「嘘だ。そんなの何とでも言える!」
無表情だった魔王が遠くを見るようにスッと目を細めながら語ったが、そんなことは気にも止めず、即座に声を荒くして言い返した。
「ああ、何とでも言える。当事者以外は伝え聞いた話しか知らないのだから。俺の話が正しいか、それとも人間を導いた女神の話が正しいか、どちらを信じるもお前の勝手だ。だが、あの世界にお前は今生では帰ることできぬだろうし、俺達もあちらに帰るつもりはない。今さらあちらの世界の話をすることもあるまい」
「それはそうなのだが……」
まさにその通りなのだが、やはり納得はいかない。
納得はいかないのだが、無力な俺にはどうすることもできない。
それにここで納得せずに飛びだしたとしても、今日から住む場所に困るのは俺自身である。
親の金で進学した学生の身のため、今さら俺の我が儘で他の場所に引っ越すのも難しい。
しかも、こいつらは俺にはどうすることもできない、見えざる者への対抗手段を持っている。
悔しいが納得ができなくても、今はここで世話になるしかないのだ。
「納得する必要などない。争いなど始まりの原因がどうであれ、そしてそれが収束したとしても、勝ちも負けも正義も悪も関係なく心の中に残った傷はどうにもできないのだ。それが争うということだ」
言いたいことはわかる。
だが、こいつに負けた俺にとって、それは勝者の綺麗事にしか聞こえない。
俺は絶対に納得しないぞ。
この世界ではない世界の記憶だったとしても、俺の知らない事情があったとしても、魔王達には魔王達なりの理由があっても、魔王軍との戦いで死んでいったたくさんの人達と俺と共に魔王に挑んで死んだ仲間達のことはまだ覚えているから。
もしあの世界での魔王達の事情を知れば、納得できるのだろうか。
いいや、やっぱり納得できないし、してはいけない。死んでいった人々のためにも。
魔王達にも俺達と同じように事情があったことを今さら知った。ただそれだけ。
すでに一度終わった人生。すでに違う人生と違う世界。
魔王の言う通りもうここではない世界のことを今さら蒸し返しても不毛で、蒸し返したとしても、今の俺にはそれ以上何かをどうする力もない。
もしも魔王達が何かを企んでいたとしても、俺には何もできない。
悔しくてやるせない気持ちになっても、できるのは唇を噛むだけ。
だけど間近で見た魔王とその部下達は、俺が前世でイメージしていた彼らとは全く違っていて、それが俺に戸惑いを覚えさせた。
コトリと音を立て、淹れたてのコーヒーが俺の前に置かれた。
まるで俺をコーヒーの飲めない子供扱いをするかのように、大きめのミルクピッチャーと、小皿に山盛りのコーヒーシュガーと共に。
コーヒーの強い香りで、今はもう前世と違う世界にいることを強く意識させられる。
納得はできなくても、もうここはあの世界ではなく、俺はあの世界の勇者ではないのだ。
前世ではコーヒーなんて飲んだことがなかった。
今世でもせいぜい学食で売っていたコーヒー牛乳を飲んだことがあることくらいの俺だが、なんだか悔しくて出されたコーヒーにそのまま口を付けた。
見栄を張ってミルクも砂糖も入れずに飲んだ真っ黒なコーヒーはめちゃくちゃ苦かった。
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