第5話 変わりゆく時代①
『エネルギー残存十パーセント切りました!!!』
『二時の方向より貝型タブー!六時の方向より蛇型タブーが接近中!!!』
『突進の衝撃来ます!備えてください!!』
「ああああ!!うるせぇなああああ!!!!」
インカムから引っ切り無しに飛び込んでくる悲鳴にも似た報告に、若き日のカズオがライゴウのコックピット内で怒声を張り上げる。次の瞬間にはタブーの突進の直撃を喰らった機体が吹き飛び、背中からビルへ飛び込んだ。
「ぬがぁあ!クソッタレ!!」
シェイクされたコックピットの中で声を張り上げるカズオ。頭部から流れる大量の血が目に入り込むが、彼は瞬き一つすることなく操縦桿を握り続ける。
倒壊し火柱が上がる街中で、ライゴウとカズオは二匹のタブーと戦闘を繰り広げていた。既に四匹のタブーを倒しているが、消耗は激しく、弾薬も尽きている。
『カズオ!落ち着け!一旦態勢を立て直せ!武器が届くまで粘るんだ!』
「うるせぇ!このまま引き下がってたまるかよ!そもそも喧嘩ってのは素手でやるもんだろうが!あぁ!?」
基地中に響くエースパイロットの怒号に、SGPのメンバー達は頭を抱えた。またコイツの悪い病気が出た。そんな諦めの雰囲気が漂った。
唯一、司令官であるカドマツだけが太い腕を組み大声で笑っていた。
「うおおおおおおおお!!!!」
気合一閃。ライゴウの破損した箇所から血液の如くオイルが噴き出す。
迫りくる二匹のタブーに対し、カズオとライゴウは決死の特攻に出るのであった……。
―――――
「……」
顔を撫でる穏やかな陽の光。目に飛び込んできたのは、すっかり見慣れた安っぽい木造の天井。
「……夢か」
平べったい布団から抜け出し、寝間着の袖で涎を拭う。台所の窓を開け、薬缶に火を着け、大きく背伸びをした。
見たのは、昔の頃の夢。常に死と隣り合わせだった若き日の夢。
欲しているから見るのか、思い出したくも無いから見るのか。この夢を見た朝は決まって気分が悪い。
「……あ~。クソッ」
カズオは寝癖まみれの頭を掻きむしり薬缶の火を消すと、適当な服に着替えその上からトレンチコートを羽織り、ゴミ袋を片手にアパートから出て行った。
―――――
「おう、いらっしゃい」
ここは、カズオのアパートから五分ほど歩いた場所にある寂れた喫茶店。カズオの来訪に、カウンターで新聞を読んでいた老齢のマスターが煙草を灰皿に押し付けた。
「未だに紙の新聞かよ」
「良いだろ。好きなんだよ」
時計の短針のような髭を撫でながら、黒縁の丸メガネを掛けたマスターが答える。全体的に細く長身のマスターは、カウンターの裏に回り込みいそいそとコーヒーを淹れ始めた。
彼の名はニシマツ・テルオ。彼もまた元SGPのメンバーであり、第一世代型浮遊戦艦『ビッグ・ボス』の砲撃手を務めていた男である。彼はSGP一の砲撃の名手であり数多くの戦果を上げてきた猛者であった。
「相変わらず誰も居ねぇな」
「そりゃあな。ウチのコーヒー、マズいもん」
客の前で堂々とインスタントのコーヒーを作るマスターに、カズオも半目を浮かべる。
「いい加減、自分のとこで作ったらどうなんだよ。ホラ、あれ。なんつったかな。ばんせん?だっけか?」
「焙煎だろ。あんな面倒な事、やりたくないね。俺はのんびりと喫茶店のマスターがしたいだけだからな」
ゴミの袋を丸め、振り返ることなく背後のゴミ箱へ放り投げる。ゴミ箱の壁に当たることなく底へと落下した。
「せっかく店を持ったのに、もったいねぇな。客も来ないんじゃ退屈で仕方ないだろ」
「お前ほどじゃないさ。これでもそれなりに充実してるよ」
元々は妻と経営していた喫茶店であったが、数年前に他界されてからは客足も落ち、今では一日に五人も客が来れば良い方だ。それでも、テルオは妻との思い出の店を手放すことは無かった。
粉を入れ、お湯を注いで出来上がり。カズオは出されたコーヒーに何度も息を吹きかけやっとの思いで一口啜った。
「そう言えばカズオ。お前のとこにも来たか?招待状」
「ん?何の話だ?誰か死んだか?」
「通夜葬儀の話じゃねぇよ。ホレ、これだよ。『SGP創設五十周年記念パーティー』が開かれるって話」
テルオがカウンターに無造作に投げつけた白い封筒には、確かにそう記されていた。
「何だこれ?俺は知らねぇぞ?」
「んなわけあるか。SGPの生き残りにはみんな届いてる筈だぞ。三日前には届いてるはずだ」
「郵便受けなんてかれこれ半年は覗いてねぇや。ってかこのコーヒー苦ぇぞ」
シュガースティックを五本まとめてコーヒーに流し込むカズオ。テルオは呆れたように肩を落とし、招待状の入った封筒を仕舞った。
「で、お前は行くのか?テルオ」
「行かねぇよ。もう俺達の時代はとうの昔に終わってんだ。今更俺達が出て行ったところで、誰も喜ばねぇよ」
「……だな。それもそうだ」
不意に、扉に取り付けた鐘の音が静かな店内に響く。見れば、二人の老婆の姿が。
珍しく訪れたフツウの客に、テルオは目を輝かせ接客に出向いた。
「……」
テルオのはきはきとした接客を背に、黙ってコーヒーを飲み干すカズオ。代金をカウンターに置き、溶け残った砂糖まみれのコーヒーカップを放置したまま彼は何も言わず店から出て行った。
不屈のライゴウ まさまさ @msms0902
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