第19話 尾行

       ◆


 反射的に振り返ってみると、ほやっと笑う少年の顔があった。

「何してんの、オウカちゃん」

 スイセイだった。あまりのことに私は息を飲んだまま時間が止まっていて、返事もすぐには出来なかった。

「どしたの? 固まっちゃって」

「す、スイセイさん、驚かさないでくださいよ……」

 やっとそう応じる私に、嬉しそうにスイセイは笑っている。

「そんなに驚くとは思わなかったよ。ま、移動しよう。ここにいると少し目立つ」

 言いながらスイセイは、まさに私が追っていたドワーフの入っていた間道へ向かうじゃないか。

「あ、あのスイセイさん、実は」

「尾行の最中なんでしょ。あれだけ露骨じゃあ、素人が見ても気づく。ほら、急ごう」

 すらすらとスイセイが言うので、何を言われたか、わからなかった。

 尾行しているって、バレている?

 間道に入ってやや狭い道を行くスイセイの後に続きながら、確認してみる。

「つまり、スイセイさんは、私の後をつけてきたんですね?」

「そうだよ。雑貨屋の前で商品を見るでもなく何かを気にしている時からね」

「それってつまり、私が尾行しているドワーフに目をつけていた、ってことですか?」

 チラッとこちらを振り向くスイセイの表情には苦笑いがあった。

「いいや、偶然だよ。オウカちゃんがいるな、と気づいて、普段と違うなぁ、と思っていたら誰かの後をつけ始めたから、僕もつけてやろうかな、と。なに? ドワーフを追っているの? どうして?」

「どうしてって……」

 どうしてって、まぁ、ちょっと怪しいから、という程度の理由しかないんだけど……。

 答えられない私に、スイセイは少しだけ呆れたようだった。

「天刃党は嫌われるけど、これでまた嫌われるかもなぁ」

 すみません、としか言えない私だけど、探るだけ探ろうかな、とスイセイが前に向き直り、わずかに歩調を緩めた。二人の間合いが近づいたところ、「どのドワーフ?」と聞いてくる。

 私は着ている服の特長を告げ、スイセイはそれだけで理解したようだ。

 間道を抜ける前に、追っているドワーフの背中が見えた。ただすぐに角を折れてしまう。

 スイセイは無言だし、私も黙っていた。そういえば、スイセイは天刃党の剣士が揃えて身につけている黒い羽織を着ないのだけど、今はまさにそれが功を奏していた。仮に黒い羽織などを着ていれば、尾行など論外だっただろう。

 そんなことを考える私の前を行くスイセイは全くためらいなく、ドワーフの背を追っていく。

 ドワーフが何度か振り返るので、その度に私は冷や汗をかいたけど、こちらに気づくようではない。よく考えてみると、ドワーフが振り返ろうとする度に、スイセイが私の前に体を滑り込ませている。

 つまり、ドワーフからはスイセイが陰になって私が見えないのだ。

 めちゃくちゃなやり方だけど、今は有効なようだった。

 結局、ドワーフは地下道の中に作られた酒屋の店舗に入っていった。外から見る限り、店舗自体は小さく、大半は倉庫として使われているようだ。表には地上にも店舗があることが掲示されている。

 その店の前を私とスイセイは通り過ぎた。というか、スイセイが通り過ぎたので、私はついて行っただけだ。

 少し進んだ所に地上へ通じる階段があった。そこまで移動してスイセイが振り返って、声を潜めた。

「オウカちゃん、これから宿舎に行って、誰かの隊を寄越すように言ってくれないかな。僕は僕で、ちょっと行かなくちゃいけないところがあるからさ」

「え、いいですけど、なんて話せばいいですか?」

 スイセイは少しも考えずに、即答した。

「過激派のドワーフの摘発をするため、とでも言えばいいよ。リアイさんはそれで分かってくれる」

「え? でもまだ、本当に過激派のドワーフと決まったわけでは……」

「まあまあ、あまり深くは考えないで。うまくいくさ。ほら、時間はないよ。そっちは任せたから」

 私に質問をさせないようにスイセイは足早に階段を駆け上がっていってしまう。

 こうなっては私も言われた通りにするしかなかった。

 階段から地上へ出ると、開放感があると同時に、正体不明の焦燥感がやってきた。その焦燥感を振り払うように、私は自分が今いる場所を理解し、天刃党の宿舎を目指して駆け出した。



(続く)

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