第20話 行動

      ◆


 天刃党の宿舎に入り、一目散に母屋に入るとちょうどカツグがどこかへ出かけようとするところだった。母屋には玄関があるが、ほとんど全員が庭から出入りしている変な習慣があった。

 つまり私は庭に飛び込んだわけで、カツグはほとんど表情を変えずに、少し目を細める程度の反応しかなかったけど、こちらをじっと見た。

「あの、スイセイさんからのお使いで」

 そう言うと、カツグが一度だけ、はっきり頷く。話せ、ということらしい。

 私はその場で手短にカツグに事情を説明した。尾行の部分はすっ飛ばして、過激派のドワーフの隠れ家らしい場所を発見したことと、スイセイが応援を求めている、ということだけなので、あっさりと話し終わった。

「待っていろ」

 カツグがそれだけ言って、建物へ上がり、奥へ消える。私は庭でただ立ち尽くして、何が起こるのかもわからないまま、待っていた。

 どれくらいが過ぎたか、足音が近づいてきたかと思うと、リアイが姿を現した。いつも通りの険しい目つきで、トゲトゲしい空気をこれでもかと放っている。

 彼は私を立ったまま見下ろし、実に事務的に確認してきた。

「どうしてそのドワーフが過激派だとわかった? 誰が確認した」

 それは、と言い淀む私が気を取り直せたのは、スイセイに頼まれている、という部分があるからだ。スイセイの頼みを、うまく説得できませんでした、などと裏切れるわけもない。

「私が、人間と密談のようなことをしているのを見ました」

「他に理由は? 何か見たか? 聞いたか?」

「それは……」

 他に理由はないし、見てもいないし、聞いてもいない。

「何もないのか」

「え、その……はい、でも、スイセイさんが……」

「奴がお前を甘やかしただけだ」

 斬って捨てるように言うと、リアイはそばに控えていたカツグに指示を出した。

「カツグ、お前の隊は非番だったな。二人ほど連れて、スイセイの応援に行ってやれ。黒羽織と剣を持っていけよ」

 はい、と短く応じると、カツグは屋敷の奥へ戻っていく。非番のものを呼びに行ったのだろう。

「オウカ」

 私を睨み下ろすリアイの言葉は、冷ややかだった。

「お前も現場へ行って様子を見てこい。自分の行動の結果を見てくるんだな」

「は、はい」

 答えながら、責められている自分に自信など少しもなくなっていた。

 失敗したんじゃないか。スイセイもそれに巻き込んでしまったのではないか。

「お前、剣を持っているか」

 いきなりリアイがそう言ったので、私はちょっと怯んでしまった。

 リアイに剣を持つなと言われてから、真剣を手に取るのは気が引けていたのだ。

「丸腰で行く奴がいるか。阿呆め」

 リアイも屋敷の中へ入ってしまい、私は一人で残された。

 すぐにリアイが戻ってきたけど、その手には剣がある。それが私の目の前に放られ、慌てて受け止めるがやはり竹刀と比べれば、格段に重い。

「貸してやる」

 そっけないリアイの声に礼を言う前に、カツグと二人の剣士がやってきた。リアイは三人に「派手にやってこい」とだけ言って送り出す。もちろん、私もついていくことになる。私が声を発する前に、リアイは屋敷の中へ戻ってしまった。

 やっぱりリアイには礼を言う間もなかった。

 剣を腰に吊るしているうちにも、カツグたちは足早にもう庭を出て行こうとしている。駆け足で三人を追うけれど、三人ともが小走りのせいで、追っていくだけでも大変だ。

 旧都の幹線道路を結ぶ間道を適切に選んでいけば、私が通った道よりも早く現場につけることがわかった。私はまだ、旧都について知らなすぎる。

 地下へ通じる階段の脇で、スイセイが一人で眠そうな顔で立っていた。それが私たちに気づくと、ちょっとだけ真面目な顔になるけど、声は発さずに小さな身振りで階段を示した。

 そのままカツグと二人の剣士が地下へ降りていくのに私もついていこうとすると、スイセイが私の腕を掴んで引き留めた。

「スイセイさん?」

「まあまあ、三人に任せておこう。まだまだ僕たちの仕事は始まってもいないよ」

「どういうことですか?」

 そう確認した時には、階段の下で何か声のようなものがしたかと思うと、それに悲鳴が混ざり、物音が漏れ聞こえてくる。階段を駆け上がって人間もドワーフも飛び出してくる。

 まるで地下で火事でも起きたような慌てぶりだった。

 スイセイは私の腕を引っ張って少し離れ、そんな様子を見物しているようだ。

「あの、いいんですか? カツグさんたちが地下に……」

「だから、これは本番じゃないんだよなぁ。ま、後のお楽しみだよ」

 本番じゃない……?

 そうこうしているうちに皇都警察の制服を着た集団がやってきたかと思うと、階段を包囲して、出入りを規制し始めた。スイセイはその段になって私の腕を離したけど、その口から出た言葉は想定外の言葉だった。

「じゃ、帰ろうか。カツグさんたちも帰ってくるだろうし」

「か、帰る? 過激派を取り締まるんじゃないんですか?」

「まさか」

 スイセイはいつになく嬉しそうに笑うと、ほらほら、と私の背中を押して、現場から離れようとする。

 私は何が起こっているのかわからないまま、結局、スイセイと一緒に天刃党の宿舎まで戻ることになった。何度も説明を求めたけど、後で、後で、とスイセイは繰り返すばかりだった。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る