第18話 ドワーフ
◆
試験の後、私もその日の稽古に混ざり、散々、訓練生にからかわれながら食事をご馳走になり、さすがに疲れたので普段より早めに天刃党の宿舎を出た。
まだ昼過ぎで、日差しは強いし、幹線道路へ出ると人いきれが加わって、熱気に蒸されそうだ。
もしこの時、なんとなく日陰を意識して脇道に目をやらなければ、それを目撃することはなかっただろう。
路地を少し入ったところに二人の人影があり、片方は大人にしては少し背が低い。
なんの話をしているのかな、と思って通り過ぎて。
足が止まった。
背が低い方の一人は、この気候でもローブのようなものを着ていて、顔が見えなかった。
それより、背丈が低すぎる気がした。
人間の身長ではなく、まるでドワーフの身長のような。
通りの只中で立ち尽くすわけには行かず、さりげなく、しかし内心は激しく混乱しながら通りに面した雑貨屋の前に移動する。店の方を視線は眺めているが、思考は全く別のことに向いていた。
ドワーフなんてさほど珍しくない。実際、旧都の地下にもドワーフのコミュニティがあると聞いている。私が目撃した人間とドワーフだって、ただ単に人気のないところを選んで雑談しているだけかもしれない。
何も悪い方にばかり捉えることはないのだ。
だから、ここで私が何も知らないで通すことは当たり前だ。
そうならないあたりが、私も変に天刃党と関わってしまい、その色に染まりつつあるからかもしれない。
もしドワーフの過激派の存在を聞かされていなければ、全く違う展開になった。
しかし聞いた以上、選べる道は一つだ。
しばらく雑貨屋を表から眺めているうちに、例の路地から男性が出てきた。こちらは人間だ。どこにでもいそうな、敢えて言葉を探すなら、食堂なんかで働いていそうな、平凡な感じである。
ただ、路地から出た瞬間の目の配り方は、ちょっと普通ではない。
それでも私には気を留めなかったようだ。当たり前か。私の方こそ、どこにでもいそうな小娘に過ぎない。
もう少し待ってドワーフかもしれない小柄な人物が出てこなければ、路地に入ろうと持っていた。
そこへ、出てきた。
路地から出た時、やっぱり左右に視線を配り、ちょうど私にはそのローブのフードの奥が見えた。
髭を伸ばして口元が隠れているが、人間とは顔つきがやや違う。何より、少年の背丈でも、大人の顔をしている。
ドワーフ。間違いない。
そのドワーフも私には注意を払わなかった。先に出てきた人間の男性とは逆方向に行く。つまりドワーフは私の方へ来る、ということだ。
ちょうど雑貨屋の店員が私に気づき、こちらに近づいてくるところだった。
タイミングを計るのが難しい。
思い切って、私は店員が来る前に店の前を離れて歩き始めた。ドワーフの先を行くことになるが、一時的なことだ。ただ、心臓は早鐘を打っている。
雑貨屋の隣の隣の店舗の前で足を止める。
様子を伺うまでもなくドワーフは足早に私を追い抜いていった。よし、これで後をつけられる。
ドワーフは意外に足が速い。ついでに背が低いせいですぐに雑踏の人の陰に入ってしまい、見失いそうになる。
尾行の訓練なんて受けていないし、経験もない。何が正しいのかもわからないけど、とにかく目立たないしかない。
何度か見失いかけながら、数十分ほど後をつけているうちに、ドワーフが地下へ続く階段へ入っていった。旧都の各所にある地下街への出入り口だ。
ここから先はかなり危険な賭けだった。地下街にも人の出入りはあるけれど、地上に比べればぐっと少ない。その上、ドワーフは視界の隅に私を入れているだろう以上、地下でも同じ人間がいるのを偶然と解釈するのは不可能。
そうと気づかれてしまえば自分が尾行されていると気づかないわけがない。
どうするべきか、迷っているうちに時間が過ぎてしまう。ほんの数十秒が数分にも感じられた。
私は思い切って地下への階段を降りた。
もし見つかったら逃げればいいし、逃げられなくて捕まって誰何されたとしても、私は無害な人間なわけだし、放っておかれるだろう。それにドワーフが珍しかったとか、言い逃れは出来る。
だいぶ拙い気がするけど、それでいいことにしよう。
地下へ降りると、全体的に薄暗い印象を受ける。ドワーフの伝統的な技術で生み出される発光する石が明かりの全てなのだ。空気は少しだけ湿っているけれど、意外に新鮮である。
例のドワーフは、と地下道の左右を見るけれど、見当たらない。
ただ、右へ行くか左へ行くかしかなく、確率は二分の一だ。
私は左を選んだ。まったくの直感だ。
地下街は主要な地下道の左右に商店が並ぶ形で形成されている。間道も何本かあるけど、それはどちらかといえば太い地下道同士を結ぶためにある。
だからもし例のドワーフが間道に入ってしまえば、追いかけることはできなかっただろう。
ただ幸運なことに私は探している背中をすぐに見つけることができた。
しかもちょうど、間道へ入っていくところだった。危ないところだ。
私はまた商店を眺めるふりをして少し時間を空けて、間道に入ろうとした。
肩を叩かれたのは、その瞬間だった。
(続く)
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