第17話 七番勝負の末に
◆
私は汗みずくになり、七人目の訓練生と相対していた。
ここまで六人、何とか退けてきたけれど、もはや体力は限界だった。始まってから一時間ほどが経とうとしており、休憩などとっていない。
私は肩で息をしていて、竹刀もいつになく重い。体のそこここに不自然な痺れがあった。
自分でも信じられない結果だったけれど、まだ勝利したわけではなかった。七人中六人を倒したからいいだろう、という理屈が天刃党で通用しないことは知っている。
相手を最後の一人まで倒して生き残ること。
それが求められていることだ。
訓練生が飛び込んでくるのに、私は半身になって竹刀の打ち込みを避けつつ、すり上げるように竹刀を繰り出す。
それに対して訓練生がまるで知っていたかのように竹刀を絡めて防いでくる。
巻き取られそうになり、間合いをとってそれを嫌う。
そこへつけこまれて、連続攻撃を受けるのをひとつひとつ、凌ぐ。
竹刀の柄を握る両手の指が強張ってくる。足の捌き方も、不完全になってきた。柔軟さはこうして少しずつ失われ、勝機は遠のいていく。
どこかで立て直す必要があった。
しかし、どうやって?
訓練生の竹刀が上段からの打ち込みと見せかけての突きへ変化。
胸元を狙うそれを大きく下がることで凌いだが、さらに突きが繰り出される。下がれば完全に姿勢が乱れる。思い切って横に跳ねるが、読まれていたか、突きから変化した横薙ぎが危うく私の側頭部を打ち据えそうになる。
転がり、さらに転がって、立ち上がる。
ほんの短い動作だったけれど、いよいよ私は呼吸が乱れ、竹刀の先も不規則に揺れている。
対する訓練生にはまだ十分な余裕があった。彼に余裕がないとすれば、自分が負ければ訓練生が全員負けたことになる、という重圧がかかるという部分だけだろう。
本当に短い静止があり。
私はこの一瞬に賭けた。
自分から攻められるのはこれが最後。これ以上は体力が続かない。
まっすぐに飛び出す。
訓練生はわずかな停滞。
刹那で迷いから立ち直り、迎え撃つ。
両者がすれ違い。
竹刀がすれ違い。
私は無理に前に出て。
訓練生はやはり、迷った。
迷ったが、打ち込んでくる。
私が無謀な、自殺行為と言ってもいい攻めを見せたことが、迷いを生んだ。
そしてその迷いが、わずかに私に利した。
一本を狙いながら届かないはずの私の竹刀が一転して、訓練生の苦し紛れの振りを受け流す形へと変わる。
訓練生の竹刀を跳ね返した時には、訓練生にはこちらの攻めを防ぐ手段も、避ける手段も残されていない。
ただ、それでも最後に粘ってきた。
訓練生の片手が竹刀を手放し、最短距離で私の手元へ伸びてきた。
どちらが早いかは、私にもとっさにわからなかった。
わかったのは、彼の手が私の右手の手首を掴んだ時だった。
訓練生の方が早い。
私の竹刀はまだ、訓練生に触れていない。
次の一瞬、私の竹刀は勢いのまま弱く訓練生の胸元にあたり。
ほとんど同時に私は右手を捻られ、姿勢を乱していた。
勢いに引きずられて、組打ちの見本のような形で私は投げ捨てられていた。
何とか受け身をとって転がる。竹刀は完全に手を離れて道場の隅に飛んでいった。
「それまで」
地面に倒れこんだまま、私はホウドウのその言葉を聞いた。
勝ったのか、負けたのか、わからなかった。
倒れこんだまま、動けずに呼吸を整えていると「立ちなさい」とチハルが声をかけてくる。
「そのような態度は相手に失礼だと思いなさい」
はい、と私はやっと答えて立ち上がり、礼を交わした。
それから私は並んで立っているホウドウ、チハル、カツグの前に立った。訓練生もだ。
「今回の試験の結果については、充分とも思えますが、実はリアイ殿からはこう言われているのです」
ホウドウが話す内容に、その場の全員が集中した。
「全員に完全な形で一本を取れたら入隊させろ、とのことです」
訓練生の数人が声を漏らす。
私は何も言えなかった。
完全な形で一本を取れたかといえば、取れていない。一番最後に、かなりきわどい勝負になってしまった。
ホウドウもそのことを気にしているような表情に見えた。
「今回のことは、リアイ殿に確認して、意見を仰ぐ必要があります。ですからオウカさん、試験の結果をすぐにお伝えすることはできません。近いうちに話があるでしょうから、もう二、三日は、稽古に参加していてください」
私は言葉もなくただ頷くしかできなかった。
自分の中にある悔しさは理解できるのに、達成感のようなものはない。
「私の意見を言わせてもらえば、よく頑張ったと思います」
ホウドウが最後にそう付け加えた時に、やっと私は緊張を緩めることができた気がした。
チハルが私の頭を無言で撫で、それから訓練生たちに向き直ると「不甲斐ない奴らはどうなるかわかっているだろうね」と言い出した。
私はちょっとだけ笑えた。
うまくいったかはわからなくても、この一ヶ月は、宝物のような一ヶ月だったと実感できたから。
(続く)
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