第16話 試験

       ◆


 期日の日、その日も早朝から私は部屋を出て、天刃党の宿舎へ向かった。

 門がちょうど開くところで、すぐに中に入れてもらえる。門を開けるのは訓練生の当番の人の役目で、彼は彼で私のことを知っている。一度、無言で頷かれたので、頷き返しておく。頑張れ、というところだろう。

 道場は私が真っ先に戸を開け、窓も開けていき、それから私は体を動かし始めた。最初は竹刀を持つことはなく、腕、手首、肩、脚、足首、股関節、腰と準備運動をするのが常だった。

 その方法を教えてくれたのはホウドウで、彼はいつも通りの柔らかい表情で言ったものだ。

「実戦の場ではそんな呑気なことはできませんが、体を作るのは必要なことです。体が出来上がれば、最初から全力を出せます」

 まだそのホウドウの言葉の意味するところを体感できていないけど、それでも私は続けていた。ホウドウは私より剣術を身につけているのだから、その意見を取り入れない理由はない。

 体が芯の方から温かくなってきた頃にやっと竹刀を手に取り、素振りを始める。これもやっぱり基礎的な動きだ。ホウドウやチハルから教わった型の再現へと移り、これもやはり基礎的な動きである。

 そのうちに訓練生がやってくるので挨拶をして、彼らの準備が整うのを待つ間にも竹刀で動きを確認する。

 普段ならこのまま二人一組で稽古が始まり、ホウドウ、もしくはチハルが来て稽古をつけてくれるのだが、この日は違った。

 ホウドウとチハル、そしてカツグがやってくると、ホウドウが一度、手を打ち鳴らした。

「いいですか、これから、オウカさんの入隊試験を行います」

 訓練生が三人の前に集まり、めいめいに頷く。私もそれに加わり、何をすればいいのか、固唾を呑んで見守る、というところだ。

 しかし、ホウドウが言い出したことは予想を超えていた。

「オウカさんにはここにいる七名の訓練生と、総当たりで試合をしてもらいます。一本先取した方が勝ちです。順番ばどうでもいいでしょう。始めましょう」

 これには訓練生の一人が思わずといったように口にした。

「ちょっと厳し過ぎませんか、ホウドウ先生?」

 ホウドウは表情を少しも変えずに、簡潔に答えた。

「そういうことは勝ってから言いなさい」

 かなり辛辣だったけど、その一言でこの場の全員が理解した。

 ホウドウたちは訓練生が本気でやることを求めているし、そうしないと危うい、ということを。

 場の空気が一気に引き締まるのが感じられた。

 場が整い、私の前に七人の訓練生が並ぶ形になった。全員が竹刀を手にしている。私もだ。

 誰が何か言うでもなく、一人が前に進み出て、私も一歩、二歩と間合いを詰める。

 合図がないまま、試合が始まった。

 一人目にはかなり苦労した。際どいところで身をかわすことの連続で、あっという間に息が上がる。竹刀で竹刀を受けるだけのことでも、ぎこちなさが露骨だった。

 自分でも、自分が緊張していることがわかる。

 負けるかもしれない。

 負けたら、終わりだ。

 そう思った時に、脳裏で声がした。

 加減。

 アタリの言葉だ。

 私は大きく距離を取り、しかしそこへ訓練生は容赦なく打ち込んでくる。

 力で受け止める必要はないんだ。

 そう、加減だ。

 意識した途端、私は体が軽くなった気がした。

 強い打ち込みを斜めにそらし、やり過ごす。

 間合いにこだわっていた自分にも気づけた。もっと柔軟に、立ち合えばいい。

 軽い振りで、相手を牽制する。それは打ち込もうとした相手の目と鼻の先を掠め、その動きを停滞させる。

 ここだ。

 自然に間合いを詰め、私の竹刀が翻る。

 訓練生はとっさに相討ちを狙ってきたようだけど、私にはそれも見えていた。

 私の竹刀が訓練生の肩口を打ち、逆に相手の竹刀は私に触れなかった。

 天刃党の道場では、打つ場所に特別の決まりはない。実戦で真剣を向け合うことを前提にしているとホウドウから聞いている。

 そのホウドウが「次です」と声をかける。

 私の相手が変わる。

 呼吸が乱れているのを一度、深呼吸して耐える。

 まだ残り、六人がいる。

 二人目は最初から激しい気迫を発散している。何が何でも私を倒すという意思がありありと見えた。

 負けるわけにはいかない。

 やはり合図もないまま、二人ともが竹刀を構え、間合いを図る。

 竹刀が動き、二つの体が躍動する。

 いつの間にか道場の中には熱気が充満していた。



(続く)

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