第14話 一日
◆
私は夜も明けないうちから起き出して、急いで食事を済ませるとウルハが起き出してくるのも待たずに家を出るようになった。
空が白んでいる頃にはもう天刃党の宿舎の門の前にいて、門が開けられるのと同時に中に入り、道場で素振りを始める。道場にはこのために竹刀ではなく、いくつかの木刀が用意されている。
そうこうしていると宿舎で寝泊まりしている訓練生がやってきて、まずはお互いに稽古をすることになる。それから指導する誰かしらがやってくる。
大抵はホウドウで、そうでなければチハルである。たまにカツグという名前の青年が来ることもある。このカツグという人とは以前、会ったことがあった。街角で会った人物である。ものすごく寡黙で、滅多に口を開かない。剣の指導の間もだ。
稽古は長時間に及び、昼過ぎまでがそれで終わる。昼食は振る舞われるのだろうけど、私は遠慮しようとしたものの、ホウドウもチハルも誘ってくれるので、席に着くようになった。
稽古中は話をしている余裕はないけど、食事の間は自然と周りと会話をするし、いろんな話を聞くことになる。
天刃党の事も、食事の場で知っていった。
天刃党はアタリという人物を筆頭に、有能な剣士が集まった集団で、現時点では公の組織ではないという。リアイは次席剣士という立場を名乗り、なんとか天刃党を公の組織、つまり、皇都守護省の一部隊にしようとしているらしい。ちなみに私は、アタリという人とはなかなか会えていなかった。
天刃党の行動方針は簡単だ。
認められるためには武功を上げるしかない。
今はそのために守護省の手先になっているとチハルが冗談交じりに言ったこともあった。
「守護省は三〇〇人くらいは人手があるけど、長官様はそれを温存したいらしい。で、私たちのような都合のいい捨て駒に現場は任せるってわけね」
チハルという女性は普段は穏やかだけど、時折、気性の荒いところを覗かせる。稽古の時もそうだ。彼女が怒り始めると訓練生は一人残らず、冷や汗をかくことになる。
なんでも「女夜叉」などとあだ名されているようだけど、本人に面と向かってそう呼ぶと、三日間は立てなくなるほど打ち据えられるということだ。冗談だろうけど、真相を確認したくはない。
時間はあっという間に過ぎてしまう。半日の稽古では物足りなくなり、昼食の後も、私は一人で道場にいることもあった。
「オウカちゃんは熱心だねぇ」
スイセイは朝や午前中は顔を出さないのに、昼過ぎになると道場へやってくる。ただ、寝間着のような部屋着のような服装をしているし、顔つきもいかにも眠そうな時が多い。
「あまり根を詰めても、うまくいくもんじゃないよ」
そんなことを言いながら、スイセイは竹刀を手に取り、それで私の剣の構えや振りを、体のそこここを竹刀で触れることで修正してくれる。
「でも、もう残されている時間は半月くらいですから」
「リアイさんも優しいと思ったけど、やっぱり厳しいなぁ。オウカちゃんが一ヶ月でどうなると思ったのやら、想像もつかないよ。あれはつまり、リアイさんなりの嫌がらせだったのかなぁ。性格が悪いなぁ」
スイセイは実に緊張感のない少年で、一番、天刃党に似合わない人物に見えた。
私と同い年というけれど、もっと幼いような言動をする。
でもそのスイセイは、天刃党では五人で構成される隊の一つの隊長であり、しかも精鋭揃いという第一隊の隊長なのだ。
「オウカちゃんも大変だねぇ。死なない程度に頑張って」
そんな言葉を残して、不意に竹刀を元に戻すと、スイセイは去って行ってしまう。
夕方まで居座ると夕食にまで招待されてしまうので、それを避けるために、ホウドウさんに挨拶をして私は家路につく。
帰宅する頃には日が暮れかかるけど、ウルハは何も言わない。
そう、何も言わないのだ。
私が、少しだけ天刃党でお世話になる、と言ってから、ウルハの態度はぎこちないものになった。
きっとウルハからすれば、受け入れ難いのだろう。
私が人斬りの集団に混ざろうとしているのだから。
私がウルハを説得できればいいとも思ったけど、無理そうだった。ウルハの態度には頑ななものがあったし、私自身、言葉をどれだけ尽くしても、私が感じている天刃党の印象をウルハに正確に伝えられそうもなかった。
ウルハは剣を手にしたことがない人で。
私は剣を手にしたことがある人だからだ。
素早く夕食を済ませ、汗を流し、寝台に横になるとあっという間に眠ってしまう。
眠ってしまえば今日が終わる、という恐怖があったけど、恐怖も疲労の前では無力だった。
そして朝が来れば、私は部屋を飛び出すのだ。
期日までもう、残されている時間は少なすぎるほど少ない。
(続く)
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