第13話 再会

      ◆


 男性はじっと私を見てから、スイセイの方に視線をやった。

「スイセイ、お前は俺の供をしていたはずだが、何故、ここにいる?」

「それはリアイさん、こちらの女の子に食事をご馳走してあげたからですよ」

「それは私用だろう。お前は公務を放り出していいと思っているのか?」

「公務って、僕たちはただの人斬り請負人じゃないですか。公って感じじゃないですよ」

 とんでもないことをスイセイが口にしたので、私は反射的に少年の顔を見ていた。

 拗ねているような顔をしているけれど、言葉の内容とはかけ離れている。

 人斬り、請負人……。

 リアイというらしい男性も不機嫌そうだが、それは人斬り請負人などと言われたからではないようだ。

「皇都守護省の長官は俺たちを麾下に加えることを検討してくださっている」

「検討でしょう。なら今はまだ僕たちはそこらの剣客に過ぎない。公務じゃないね」

 ピリピリとした気配がリアイの周囲に立ち込めるが、スイセイはどこ吹く風だ。

 そこへホウドウが取りなすように声をかけた。

「それでリアイ殿、守護省からどのようなお話を?」

 またちらっとリアイが私を見た。よそ者に聞かれたくない、ということかもしれない。

 少し離れていようかと思ったところで、どうしてか私の存在に構わずにリアイが話し始めた。

「ドワーフの過激派が皇都に入ったという通報があったらしい。見つけて切れとのことだ」

「見つけろも何も、我々には人手がないことを守護省でもご存じのはずですが、これまで同様、皇都警察と連携せよ、ということですか?」

「そうなるな。まぁ、うちで見回りに出るしかない。守護省ではドワーフどもが紛れ込んだことはわかっていても、何を狙っているかはわからないそうだ。まずはそれを探るべきだろうとこちらから進言したが、はねつけられた。ただ見つけて切れ、との仰せだ」

 強引ですなあ、とホウドウは少しだけ不愉快そうだった。

 私にも話の内容は少しだけ理解できる。

 この世界に住む亜人で名の通る種族が二つあり、一つがドワーフであり、一つがエルフだ。ドワーフは土木工事や工芸の達人であり、エルフは祝福と呪術という現象を司る。

 ドワーフは地下に広大な王国を作っていたと聞くけれど、皇国が発展する中で、その「地下の王国」の領土の一部が、皇国の武力によって割譲された過去がある。その地下の王国の一角では、今も人間に近い立場のドワーフたちが鉱物の採掘に従事している。

 領土の割譲という過去により、ドワーフの中でも過激な一派は、今でも人間に対して激しい憎悪を抱いているのも広く知られていることだ。

 リアイが口にした過激派のドワーフとはそのことだろう。

 私の故郷にも数人のドワーフが流れてきていたけれど、皆穏やかで優しい人たちだった。

「ともかく、情報を集めなきゃならん。しばらくは総動員だな」

 リアイがそう言ってから、道場の方を見た。

「しかし、あいつは何をしているんだ?」

 全員の視線がリアイの視線の先を追うと、チハルが竹刀で横一列に整列させた青年たちの尻を順繰りに殴りつけている光景があった。

 咳払いしてから、ホウドウが話し始めた。

「そちらのお嬢さんに訓練生の一人が一本取られましてね。そう、だからお嬢さん、オウカさんとおっしゃるのですが、この方を訓練生に加えようかと話していたところです」

 ぎろり、とリアイが私を睨みつける眼光に殺気さえ感じられた。

「剣を持つな、と言ったはずだ。それともそれも理解できない間抜けか」

「……こ、ここで」

 私は腹に力を込めて、返事を絞り出した。

「ここで剣を習って、剣を持つのにふさわしい技を身につけます」

 リアイは返事をせず、私をまだ睨んでいた。ホウドウは特に何も言わず、スイセイに至っては明後日の方向を見ていた。道場からは短い訓練生のものらしい悲鳴と、かすかにチハルの罵声が聞こえてくる。

「一ヶ月だ」

 リアイが唸るように言った。

「一ヶ月で形にならなければ、それまでだ。いいな?」

 それってつまり……。

「ここで剣を習っていいのですか?」

「死ぬ気でやれ。死なないためにな」

 それだけ言うと、リアイは「今後について話そう」とホウドウを促して、さっさと一人で母屋のほうに行ってしまう。ホウドウが私に笑いかけ「出入りは自由ですから、いつでもどうぞ」と口にして、リアイを追っていった。

「リアイさん、意外に優しいんだよなぁ」

 スイセイがそんなことを言って、笑っていた。

 私はどう反応していいかわからず、しかしともかく、やっとやるべきことができたことに、安心していた。

 一ヶ月だけだけど、この一ヶ月次第で、私の日々は変わるはずだった。



(続く)

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