第12話 一本勝負
◆
ホウドウが自分が稽古をつけていた青年に声をかけ、私の相手をするように言った。
その青年はやや躊躇ったようだが、ホウドウが「手加減の必要はありません」と言うと、それでもう迷いは消えたようだった。
「一本勝負です。始め」
あまりにあっさりした言葉に私は気持ちがうまく切り替わらなかった。
ただ、青年が打ち込んできた竹刀に竹刀を合わせることはできた。
本気の打ち込みに竹刀が頼りなく感じる。
なんとか受け止めて間合いを詰めて鍔迫り合いから、下がりながらの振りで牽制して、間合いを取り直す。
だが、それで立て直そうとするこちらの思惑は露骨だったらしい。
すぐに間合いを潰され、また受けに回るしかない。
重量のある真剣を使えばできないことだけれど、相手は猛然と連続で打ち込んでくる。
わずかに左右に揺さぶってくるけれど、些細なものだ。つまりその揺さぶりは陽動か。
不意により力のこもった右からの一撃が来て、私の竹刀が危うく押し込まれる。
そして即座にやはり強く左から打たれるのに対応すると。
次の右からの一撃に私の対応は間に合わず
、確実に受けられないのだ。
そう相手は狙っていただろう。
私は思い切って半身になって相手の横へ踏み込んだ。
際どく相手の横を抜ける時、私の竹刀が彼の脇腹を打ち据えた次には、よろめく彼の背後に私は立っており、本能のままにさらに竹刀を振り上げていた。
「それまで」
ホウドウの声だけがやけにはっきり聞こえた。それまで何の音も聞こえなかったような気がする。
私は肩の力を抜き、竹刀を下げると、一礼する。相手の青年も頭を下げるが、腑に落ちないようだった。
「意外に経験値はあるようですね」
歩み寄ってきたホウドウの言葉に、ありがとうございます、と竹刀を返す。と、そこへチハルが無言でやってくるとホウドウから竹刀をひったくり、私に打たれた脇腹を気にしている青年の方へ行ってしまった。どうやら稽古をつけるらしい。
ホウドウはそんな様子に苦笑いしながら、私に向き直った。
「振りの感じからして、真剣を使った経験もありそうですが、剣を帯びていないのは何か理由があるのですか? 帯剣許可証が手に入らないということですか?」
「いえ、証明書は持っています。認識票もあります。剣も、あるんですが、旧都に来て実力不足を痛感しまして、あまり持ち歩かないんです」
「実力不足ですか。確かに、一流というほどではありませんが、悪くないと思いますよ」
そのホウドウの言葉が社交辞令だというのはわかるつもりだ。でも褒められると嬉しくなってしまうのは避けようがない。今まで故郷で散々に褒められて自分の実力を過信していたと判明しても、どうしても調子に乗りそうになってしまう。
結局、この時の私もやっぱり、調子に乗ったんだろう。
「あの、突然で申し訳ないのですが」
私が切り出すのに、ホウドウは表情一つ変えず、なんですか、と柔らかい表情で促してくれた。
「私もここで剣術の稽古をつけてもらえませんか?」
返答はすぐにはなかった。
「スイくんの意見は?」
視線がふと、道場の外に向けられる。
私もそちらを見るけど、スイセイはぼんやりと空を見上げていた。
「スイくん」
「え? 何?」
やっとスイセイがこちらを見た。パチパチと瞬きをしているが、どこか眠そうだ。
「ですから、スイくんとしてはこちらのお嬢さんを門人にした方がいいと思いますか?」
「いいんじゃない? 門人にしても」
「そんな、猫や犬を拾うわけではないのですよ」
「でも訓練生と互角だ。悪くないでしょ」
そうですがね、とホウドウは笑みを浮かべると、私に向き直った。
「お嬢さん、お名前は?」
「お、オウカと申します」
「では、簡単な手続きをしてもらって、訓練生と同様の立場になるように計いましょう」
それってつまり、剣術を学べるということじゃないか。
「ありがとうございます!」
反射的に大声でお礼を言った私に、ホウドウがゆったりとした笑みを見せる。
「賑やかだな」
不意な声がして、そちらを見ると一人の男性が立っていた。
今日も黒い羽織を着ている。
知っている人だ。
旧都に来た初日に、私を助けてくれた人。
厳しい目つきをして私たちを見ている彼は、見間違えることはない相手だった。
(続く)
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