第11話 天刃党
◆
どこをどう進んだのか、旧都のおそらく南西の一角にその屋敷はあった。
ぐるりと塀で囲まれているけど、かなりな範囲を取り囲んでいる。そして立派な門があり、そこに「天刃党」と書かれた看板がかかっていた。なるほど、こういう字か。
門衛が立っているかとも思ったけれど、誰もいない。
「ここだよ、ここが天刃党の宿舎」
スイセイはそう言うと、そのまま中へ入ろうとするのでびっくりした。
「ちょ、ちょっとスイセイさん、勝手に入っちゃ、その、まずいんじゃ……」
「守護省の敷地に入った子が何を言うのさ。ほら、おいで」
そんなことを言ってスイセイはもう門をくぐっている。置いていかれるのも不安なので、思い切って私も門をくぐり、スイセイに続いた。
けど、すぐにそんな私たちに声がかけられた。
「あら、スイさん。お客さんですか」
門の内側は広い庭になっていて、それはそれで興味を惹かれるし、迫ってくるような母屋の威容もあったけど、それよりもすぐそばに簡素な大きな建物があり、それがいかにも道場という外観なのが私の注意を引いていた。
道場だろうか、と思っているところに不意打ちで声をかけられ、そちらを見ると植え込むの向こうからこちらへ歩いてくる女性が視野に入った。その植え込む多くに、離れのようなものが見えた。
女性は控えめだけど綺麗な着物を着ていて、表情も穏やかだ。
「リアイさんはどうしたんですか? 一緒に守護省へ用事だったでしょう?」
そう言われたスイセイは、しかしちょっと動揺したようだった。
「リアイさんはまだ守護省じゃないかな。僕はお客さんをここへ連れてくるために、抜けてきちゃった」
「スイさん、あなた、護衛なんですから仕事をしなさいな」
そう女性が変わらな口調で言うが、その奥には気迫のようなものがあった。
その間にも女性は私たちのすぐそばまで来て、スイセイはわずかに後退した。私はどうすればいいんだろう?
ちらっとスイセイを短く一瞥してから、女性が私の方を見る。
「私はチハルというものです。あなたは?」
「あ、え、オウカ、と申します。あの、お邪魔でしたら、退散しますので」
「邪魔なんてことはないわ。むしろみんな、退屈しているのですから。もっともお役目を任された人間がそれを放り出すのは違いますが」
やめてよぉ、とスイセイが声を返すが、チハルはまるで応じなかった。
「それでオウカさん、どなたにご用?」
どなたにって。
名前を知らないのだ。
「その、前に黒い羽織の人に助けてもらって、そのお礼を言えればと」
チハルは、丁寧な方ね、と口元を隠しながら笑った。
「オウカさん、天刃党は人を切るのが仕事ですよ。切る相手は悪党ですが、悪党を切ったことで礼を言いに来る人なんて、滅多にいません。むしろ流血沙汰を起こすなと苦情を言われる始末。あなた、凄く珍しいわね」
「はあ、でも、助けてもらったのは事実ですから」
「義理堅いわね。で、その人の名前は?」
それが、と私が言い淀む横で、スイセイがあくびをしている。
「それが、名前を伺っていなくて」
「つまり、黒い羽織を着ている剣士を追いかけてきたってことかしら?」
「ええ、はい」
あらあら、とチハルはまた笑っている。
「全員と会わせるわけにもいかないけど、非番のものはこの敷地にいるでしょう。どうも天刃党も嫌われたもので、邪険にされることが多くてね。道場でも覗いてみればどうかしら」
道場!
私は一も二もなく、「よろしくお願いします」と答えていた。
こうして私はチハルと一緒に天刃党の道場に入ることになった。スイセイは、少し遅れてついてきた。
道場は建物自体は簡単な作りで、雨風がしのげれば良い、という感じだった。床は板が張られているわけではなく、地肌そのままだった。平にならされているし石などもないが、少し違和感がある。
今、そこでは六人の男性が竹刀を向け合っていた。しかし防具はつけていない。それもそれで不思議に思える。
もっとも、私が故郷で受けた稽古の中のいくつかの異常さと比べれば、これくらいは許容範囲だろう。
チハルが私の耳元に口を寄せ、稽古の邪魔をしないようにだろう、小声で囁く。
「どう? この中にいる? 四人は訓練生だけど」
私は全員の顔を見て、いないです、と首を振った。全員が見たことのない顔だった。
「ホウドウさん」
不意にスイセイが声を発したので、稽古が一時中断した。
青年の相手をしていた年嵩の男性が稽古を続けるように指示して、私たちの方にやってくる。彼がホウドウという人物らしい。スイセイが幼さの残る年齢で、チハルも若いけれど、ホウドウは彼らより十は年上だろう。壮年といったところだけど、どこか学者風な風貌をしている。
「ホウドウさん」
ホウドウが何か言う前に、一方的にスイセイが言った内容は、私を心底から驚かせた。
「この女の子の剣術を見てやってくれない? 面白いかも知れないよ」
私たちの前まで来たホウドウは、しかし嫌な顔をするでも、探るような目つきをするでもなく、柔らかい表情のまま、まったく自然に応じた。
「スイくんがそう言うなら、やりましょうか。どうぞ、こちらへ」
何が何だかわからない私に、ホウドウは自分が使っていた竹刀を差し出してきた。
私はとっさに、それを受け取っていた。
(続く)
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