第10話 無関心
◆
結局、スイセイを私を麺類を出す店に連れて行った。
東方系の汁に入っているような蕎麦、うどん、拉麺といったあたりが看板商品らしい。
「故郷にいる頃は珍しくもなかったけど、旧都まで来るとさすがに珍しいね」
席について椅子の上なのにあぐらをかいて、スイセイがそんなことを言う。
「あの、それ……」
私は視線をスイセイの腰へ向けると、ああこれ、とそこにある短剣にスイセイは手を置いた。
「これくらいの武装をしないと、どうも旧都も物騒でねぇ。みんな刃物の一本や二本は持っている、そういう街なんて頭がおかしいけど、仕方がないさ」
「はあ……」
「そういうオウカも剣の心得はあるんだろう?」
どうとも答えられないのは、店に来る前に、剣士に憧れているのか、とスイセイが指摘したからだ。
正直になるべきだろうけど、どう答えたらいいんだろう。
「言いたくない?」
スイセイの態度は無理矢理に口を割らせようとするところは少しもなく、むしろ、答えなくてもいい、というような関心の無さがあった。
彼自身が言ったことだ。旧都ではみんな刃物を持っている。それは悪漢が横行しているという意味でありながら、同時に剣で身を立てようという人間が大勢、集まっているという意味でもあるのだろう。
だから、私が剣士に憧れていても、おかしくない。
「私は……」
「言いたくならいいよ。僕ときみは初対面だし。我ながら僕も怪しい子どもだしね」
それを言ったら、と思わず笑いが漏れてしまった。
「それを言ったら、皇都守護省の敷地に紛れ込んでいる私も、怪しい小娘です」
それはね、とスイセイがにんまりと笑う。
「ところでどうやって入ったわけ? あそこの敷地に」
「それは、テンジントウのお使いだ、って嘘をついて」
わぁお、とスイセイが目を丸くする。大げさだけど、彼にすれば自然な反応らしい。
「天刃党のことを知らないのに名乗ったの? 大胆だね。場合によっては斬り殺されちゃうよ?」
ええっ、と答える私の笑みの強張りは、誰が見ても見落とさなかっただろう。
叱られるどころでは済まないらしい。テンジントウって、そこまで大きな影響力があるのか。
料理が運ばれてくる。私もスイセイも蕎麦を頼んでいた。私も故郷では食べたことがあったけど、旧都では初めてだ。見たこともないほど立派だ。添えられているのは東方の料理の天ぷらで、海鮮が揚げられている。
これがいくらの料理かすぐには判断がつかない。
早速ずるずるとスイセイは蕎麦をすすり始め、大胆に汁に天ぷらを浸してかじりついている。恐る恐る真似をしてみるけど、なるほど、美味しい。これは意外にいい値段なんじゃないだろうか。
「あの」
私が声を向けると、スイセイはさっと手を振った。
「代金は気にしないで食べてよ。その方が僕も嬉しい」
「ええ、それは、甘えさせてもらいます。私が言いたいのは、剣術のことです」
ふぅん、などと応じながら、スイセイは食事を止めようとしない。私は構わずに言葉にした。
「北の外れの街で、私は一番、剣術が強かったんです。だから、旧都に上って、名のある使い手になりたいという私の願望は、その、みんなの希望みたいになっちゃって」
「新都ではなく、なんで旧都なわけ?」
大して興味もなさそうに、スイセイが質問を向けてくる。私は顔が赤くなるのを感じながら、正直に答えた。
「旧都は今でも剣がものをいう場所だから、その方が都合がいいかと……」
そいつはまた、とスイセイが笑う。
「命知らずって奴だね。ま、オウカらしいといえばオウカらしいけど」
命知らずと言われても、反論はできない。自分でも気づきつつあることだ。しかし私らしいなんて言うほど、スイセイは私のことを知らないだろう。
ともかく反論する。
「だからですね、なんとか、旧都で剣術道場に入門したいんですが、うまくいかなくて。働き口も見つからないし、私、これからどうしたらいいか……」
「それは僕にはどうしようも無いね」
「それは、わかっています。ですけど」
スイセイの視線が私をまっすぐに見る。今だけは私も笑みを返せた。
「スイセイさんに聞いてもらえて、少し楽になりました。気長に頑張ろうと思います」
「ま、気楽にやりなよ。命は大事にね」
そんなやり取りの後は、二人ともが無言で食事をして、揃って店を出た時には通りはいよいよ人の往還が激しくなり、まるで祭りの日でもあるかのような混雑になっていた。
「じゃ、行くとしようか」
二人前の蕎麦の代金が出た財布を懐に突っ込みながら、スイセイがそう言ったのに私は何のことか、すぐには判断がつかなかった。逆にスイセイの方がキョトンとして、「忘れちゃったってこと? 不思議な子だなぁ」と笑い始めた。
「だってオウカ、僕が天刃党の宿舎に案内するって言ったじゃないか。何か用事があるんでしょ? さ、行くとしよう。ついて来て」
そう言って歩き出すスイセイに、私は慌てて従った。
テンジントウへの興味はあるけれど、用事というほどの用事はない。興味もなんとなく、萎んでしまった。
何かが残っているとすれば、あの命を助けてくれた人にお礼を言えればいい、ということくらいだ。
でもせっかくだし、このままついて行ってもいいかな。
そんな気持ちで、私はスイセイの背中を追っていた。
(続く)
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