第9話 少年

       ◆


 少年に手を引かれて守護省の屋敷を出るとき、門を護る衛士が胡乱げな表情を隠さないまま、さっと姿勢を一瞬だけ整えたのが見えた。

 そんな様子に少年は一顧だにせず、さっさと離れていっている。

「ねぇ、きみ、名前はなんていうの? 僕はスイセイっていう名前だよ。仲がいい人はスイって呼ぶね」

「わ、私は、オウカ」

「オウカか。東方では桜の花のことをオウカと呼ぶけど、見た目はあまり東方人ぽくないね。どちらかという北の出身か。肌が白いし」

 そんなやり取りをしている私たちは、旧都の通りをかなり早い歩調で進んでいる。

 もしかしてスイセイと名乗る少年はテンジントウのことなど何も知らず、私をどこかへ攫っている最中なのでは、と思いもするけど、雰囲気にはそんな様子は微塵もない。まったく朗らかで、少し年上の子どもが少し年下の子どもの手を引いているような感じなのだ。

「オウカは幼く見えるけど、何歳? あ、答えたくなければ答えなくてもいいよ。女性に年齢を聞くのはマナー違反だってよく言われるんだけど、どうも理解できないんだよねぇ。でもオウカはまだそんなに年増でもないし、いいよね?」

 なんというか、自由な人だ。

「私は十七」

「十七? びっくり。僕と同い年だ。何月生まれ?」

「し、四月」

「おっと、僕の方が年下だね。僕は十二月生まれだよ。惜しいなぁ、久しぶりに年下の知り合いが増えるかと思ったけど」

 年齢に変なこだわりがあるらしい。

「天刃党の宿舎には案内するけど、ちょっと寄り道しない? オウカ、好きな食べ物は?」

「え? 寄り道? 食べ物?」

「だってほら、もうお昼ご飯の頃合いでしょ? 予定では守護省で何か食べさせてもらうつもりだったけど、ここまで来ちゃったし、今更、戻っても叱られるだけだしねぇ。というわけで、食事にしよう。好きなお店を言って」

 色々とわからないけど、いきなり会ったばかりの人にご馳走になるのも気が引けたのと、好きな食べ物も何も、旧都にどんな料理屋があるのかも、私は知らない。

「えっと、その……」

「遠慮しないで。と言っても、僕もあまりお財布が重いわけでもないけどね」

「でもその、お店、あまり知らなくて」

「さすがに僕でもこんな北のほうにあるお店には入れないよ。南に行こう。あっちなら安くてうまい店も多いから。何でもあるのが旧都のいいところだね。東西南北全ての地域を網羅している」

 どうやらこのまま、案内されるままになるしかなさそうだった。テンジントウの宿舎に連れて行っていくれるというし、食事は、かなり乏しいけど私の財布にも少しの銭はある。なんとかなるだろう。

「じゃあ、スイセイさんにお店はお任せします」

「え? オウカが決めればいいのに。店を知らないって、旧都に来たばっかりってことかな?」

「ええ、ほんの一ヶ月くらい前で」

「それまではどこに?」

「北の街にいたんです」

 わお、とスイセイが大げさに声を出す。

「僕の推測は当たっていたわけだ。それで旧都には何をしに来たの? 旅行じゃないようだけど、まさか、剣士にでも憧れている?」

 私は今度こそ何も言えず、口を開閉させるけど、やはり声は出なかった。

 一方のスイセイは嬉しそうに笑ってまだ私の手を引いていた。

「まずは食事、その次は天刃党、それでいいね? オウカ」

 はい、とやっと答えると、それでいいよ、とスイセイが振り返る。

 やっぱり朗らかで、優しい笑みがその顔にはある。

 でも、と私は考えていた。

 こういう人ほど、油断がならないのかもしれない。

 勘繰り過ぎだろうか……。



(続く)

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