第8話 ハッタリ
◆
テンジントウについて調べるのに必要な情報は、ウルハの言葉の中にあった。
ウルハはテンジントウを「皇都守護省」の飼い犬、と表現した。なら皇都守護省に問い合わせればいい。
というわけで、まずは皇都守護省の所在を調べたのだけど、旧都の中でも北側にあるようだ。つまり宮殿に近いわけで、貴族の屋敷がある一帯になる。それくらいは私も知ってはいるが、踏み込んだことはない。
場違いというか、そもそも用事がなかった。自由に出入りできるが、明らかに生きている世界の違う人々の生活圏なのだ。
下手な格好で踏み込むと館の衛士たちにつまみ出されるかもしれないけど、しかし、こんな場面のための服装などない。それなりにきれいな着物を選び、髪に櫛を入れておいたけど、これこそまさに焼け石に水だろう。
結局、ほとんど普段通りの格好で、私は問題の場所へ踏み込んでいった。
もっと人が少ないかと思ったが、往来には人の行き来がある。ただ、どうやら屋敷で働いているものたちが使いに出されたりしているか、そうでなければ貴族のお嬢様か奥方が供の者を連れて歩いているか、といったところだ。
特に目立つのは用心棒だろう男たちだ。女性の集団に必ず一人か二人、付き添っている。体格が良く、何よりも視線の配り方が独特なので印象に残る。私も何度か視線を向けられ、少しひやりとした。何も悪いことはしていないのに。
今日はさすがに剣を部屋に置いてきていた。認識票は紐で首から下がっているけど、着物の内側に入れている。なので、用心棒から睨まれる謂れはない、はずだけど、やっぱり私も私で目立つのだろうか。
そんなことを思っているうちに、皇都守護省の構える屋敷にたどり着いた。
表に看板が掛けられているが、それがなければ貴族の屋敷そのものの、壮豪な建築物だった。門の両脇に二人の衛士が立っている。二人ともが私をジロジロと見ていて、門を抜けようとすると片方が立ち塞がろうとした。
「あの……」
声を出すのには勇気が必要だったが、それに続くハッタリを口にするのは、もっと勇気が必要だった。
「テンジントウのお使いで参りました」
私の言葉に私の行く手を塞ごうとしていた衛士が鼻で笑い、しかし「行け」と短く言葉にして場所を空けた。
と、通れた……。
門を抜けると、広い前庭があり、奥に館がある。もっと役所のようなものを想像していたが、これではまさに貴族の屋敷といったところだ。受付で質問してみようという軽い気持ちで来てみたけれど、大失敗だったかもしれない。ついでに嘘までついて、こんなところに入ってしまった。まずいことこの上ない。
引き返すしかないか。
回れ右をした直後、背中に声をかけられたのは、だからまったくの予定外だった。
「おーい、そこの女の子、何してんの?」
ギクリと動きを止める私には選択肢があった。
聞こえなかったふりをして逃げる。
振り返って、様子を見る。
どちらを選ぶか、迷った。といっても一秒ほどだろう。
そのはずなのに、振り返る間もなく、気配も音もなく、目の前に声の主が回り込んでいた。
小柄で、年齢は私とさほど変わらない、青年とも少年とも言えない年代の男子だった。そばかすが頬に散っていて、今は朗らかな笑みが目元にも口元にもある。
「見ない顔だねぇ、その服装だと守護省で働いている人でもないようだけど、何かご用?」
呑気と言っていいのんびりした口調なので、私ははっきり言って毒気が抜かれていた。
誰かに見つかって咎められれば、かなり厳しく叱責されるだろうと覚悟していただけに、この少年の態度は拍子抜けするほどだ。
というか、この少年は守護省で働いている人だろうか。少し高級そうな着物を着ているけど、しかし、年齢が年齢だ。守護省の長官である伯爵の従者とかかもしれないが、それがここで一人で何をしているかは判然としない。
ただ、あるいはこれはチャンスかもしれない。
この少年に聞けばいいのだ。テンジントウのことを。
「あの、お聞きしたいことがあるのですが」
私がそう声にすると、少年はキョトンとした顔で、首をぐんにゃりと過剰に傾げた。結構、変な人なのかもしれない。
「テンジントウという人たちがどこにいるか、聞きたいのですが」
少年は、体全体を斜めにして、顎に片手をやった。
「きみ、天刃党に用事があるの?」
「え、ええ、はい」
ふぅん、と少年は言いながら姿勢を元に戻すと、にっこりと笑った。
「じゃあ、僕が案内してあげよう」
声を上げる間も何もなかった。
少年は私の手を掴み、門の方へ歩き出している。ほとんど私を引きずっているのは、見た目に似合わない力があるからだった。
私は小走りに少年に続く。
少年は軽い歩調でズンズン進んでいく。本当にテンジントウのところへ連れて行ってくれるらしい。
これは一応、成功、なのかな……?
(続く)
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