第6話 弱気

       ◆


 ウルハとの共同生活はいい雰囲気で始まった。

 食事はウルハが用意してくれることが多く、洗濯さえも私の代わりにやってくれるくらいだった。

「前は学生の女の子があなたの部屋を使っていたのだけどね、新都で仕事を見つけて、そちらに移ってしまってからは一人だったのよ。やっぱり誰かが一緒にいるのは張り合いがあるわね」

 ウルハはそんなことを言っていた。ここにいるだけでいい、と言われているような気がして私は少し暖かい気持ちになる一方、気後れするものもあった。私は子どもではないし、もっと対等な立場で一緒にいるべきではないのか。

 それでも私は、昼間は外へ出て、半分の時間は仕事を探し、半分の時間は剣術の道場に入門させてもらおうといくつかの道場に出向いていた。

 旧都にも剣術道場はいくつかあり、どうやらかなりレベルが違うらしい。しかしそれは外から見てもわからない。私の目で見た限りでわかるのは、剣術を剣術として学んでいる道場と、チンピラの集まりのような道場がある、という程度のことだ。

 もちろん、私はならず者になりたいわけではないので、まともな道場に出向くことになる。

 しかしそこで剣術を学ぶものは、まったく私を相手にしなかった。

 竹刀で打ち合って技能を確認する、というところにすらたどり着かない。

 私が建物に入って声をかけると運が良ければ話を聞いてもらえるが、大概は無理矢理に力づくで追い出された。もちろん無言だ。話を聞いて欲しいと言って、相手は聞きもしない。

 話を聞いてもらえたとしても、相手は様々な口調と言葉を選びをするが、言いたいことは一つだ。

 よそを当たれ。うちには入れない。

 旧都に全部で何軒の道場があるか、想像もつかないが、どうやら私はどこにも入り込めそうもなかった。

 それは日が傾く頃までに三軒の道場で門前払いされ、これで三日間で十五軒の道場でダメだったか、と落胆しながら道を歩いている時だった。

 向かいから近づいてくる人物に目が止まった。

 その人物は腰に剣を下げ、黒い羽織を着ている。

 私を助けてくれた人物と同じ装束だった。しかし顔を見ると別人だ。でも、きっとあの助けてくれた剣士の知り合いだろう。

 私は思い切って通りを斜めに突っ切るようにその人に近づいていった。近づくと顔立ちも見えてくる。年の頃は二十代半ばで、端正な顔立ちをしているが、どこか冷酷そうに見えるのは感情がほとんどないからだろう。

 彼はすぐに私に気づいたようで、途中からはっきりと私を見ていた。その射るような視線が私を躊躇させたけど、今更、後には引けない。

「あの……」

 声をかけると男性は足を止め、私に正対するように足の位置を変えた。

 まっすぐに見下ろされると、圧迫感を感じるけれど、しかし相手には攻撃的なところは少しもなかった。ただ私を見て、無言で話を促しているようだ。

「その……、少し前に、ですね、あなたと同じ羽織の人に命を救っていただきました」

 どうにかこうにかそう言葉にしたけれど、まるで聞こえていないかのように男性の表情は変わらず、口も引き結ばれたまま、一言も発さなかった。

 こちらからもう少し言葉を重ねるべきだろうか。

「お礼を言えないままで、その、せめてそれくらいは伝えたくて……」

「無用だ」

 低い声がやっと返ってきたが、それだけだった。

 たった一言を残して、彼は歩みを再開させ、私の横を抜けていく。かすかな香のような匂いを残して、男性はズンズンと先へ行ってしまう。

 追いかけてやろうかと思った。なんとなく、無碍にはされない気がしたのだ。でも、そうできなかったのは、やっぱり心のどこかに弱気が根を張っていたからかもしれない。その根は日を追うごとに深くなっていく。

 結局、私は立ち尽くして黒い羽織の背中が消えるのを見送り、ため息をひとつ吐いて次の目的地へ向かった。道場でも拒否され続けているが、仕事を探すことでもまったくどこにも引っかかっていないのだ。

 旧都は派手で、信じられないほど多くの人が生活しているというのに、私を受け入れてくれる人も場所も、ほとんどなかった。



(続く)

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