オバケなんか怖くない!⑥

 ロイド君と別れた僕と魔女さんは、帰りながらおしゃべりしていた。

 なんでも魔女さんは、僕がロイド君の道案内をしているとこを、ランタンを通して見ていたらしい。


「それなら、狼におそわれたとき、助けてくれてもよかったじゃないですか」


 そう言ってみると、魔女さんからびっくりするようなことを聞かされた。


「ああ、あれは、私が作り出した幻だよ」


 僕は、あまりのことにびっくりしちゃって、つい立ち止まっちゃった。魔女さんは横目で僕を見て、くすりと笑っている。


「悪い奴が出てきたら、狼の幻で追い払おうとしたんだけどね。そのうちに君らが幻に気づいてしまったから、私も必死に追いかけたんだよ」


「え、じゃあ、狼がおそってきたのは……」


「あれは……ちょっとからかってやろうと思ってね」


 な、何だって!

 僕はあの時すごく怖かったし、ロイド君だっておびえてたんだよ。からかいで済むようなことじゃない!


「なんて。

 君らは気付いてなかったけど、不審者ふしんしゃに追われていたんだよ。あの時は、君らの奥にいた不審者ふしんしゃに向かってうなっていたのさ」


 ウソだぁ。

 僕はジトーッと魔女さんを見上げる。魔女さんはそれ以上弁解することなく、目の前に現れたお祭り会場を指差した。


「せっかくだから、遊んでいくかい?」


 流れ星のお祭りは、そろそろ終わりそうな雰囲気だ。

 いろんなところにぶら下げられた星のかざりはほとんどが割れているし、風船売りのワゴンには、二つの風船しか残っていない。わたあめを売ってるワゴンには、まだたくさんのわたあめが残っていたけれど、そろそろ店じまいするつもりなのか、店員さんは機械の電源を止めていた。


「あと一つ、流れ星が残っているじゃないか」


 魔女さんは、一つだけ残っていた星のかざりを指差す。とても小さなかざりで、多分僕の手のひらくらいの大きさ。狙うのがむずかしそうだから、最後まで残ったんだろうと思う。


「君は見習いだけど魔法使いだ。あれを狙ってボールをぶつけるなんて、カンタンだろう?」


 これも魔法の練習だ。魔女さんはそう言いたいんだろう。

 僕は、屋台の店員さんにボールをもらう。そして、杖をふってボールをうかせた。


「かなえたい願い事は、あるかい?」


 魔女さんがたずねる。

 僕のお願い事は……


「えぇっと……」


 僕は少し考えた。

 最初に出てきたのは、お父さんの顔だ。しばらく家に帰れてない。多分、お父さんは僕のことを心配してる。だから、早く家に帰らないと……


 そう考えて、僕はびっくりした。

 だって、今までお母さんを生き返らせたくて、魔女さんの弟子をやってきたんだ。それなのに、真っ先に頭にうかんだのは家に帰ること。


 僕が魔法を習う目的って、何だったんだっけ。


「空、集中」


 魔女さんが言う。

 僕はハッとした。今にも落ちそうなボールを、もう一度集中してうかばせた。


「さあ、唱えるよ。

 我が望むままに、飛びたまえ」


「わが望むままに、飛びたまえ!」


 僕は、ボールが星のかざりをこわすところを想像する。

 ボールは僕が想像する通りに空中を飛んで、星のかざりに勢いよくぶつかった。星のかざりはカンタンにこわれて、中から鳥の形をしたチョコが飛び出した。


「よかったじゃないか。一つだけだけど、とても大きいチョコだ」


 魔女さんが指を振り、魔法をかける。鳥のチョコは本物みたいに羽ばたいて、僕の手のひらにおさまった。

 銀紙をはがさずに割ると、銀紙ごと半分に割れた。半分を魔女さんに差し出すと、魔女さんは目をぱちくりさせる。


「あげます」


「……おや。ありがとう」


 魔女さんは半分になったチョコを受け取って一口かじった。僕も顔をそらしてチョコをかじる。

 甘い。けど、美味しいって思えない。これは、多分僕の心の問題。


「しっかり悩むといい」


 魔女さんは、多分僕の心を読んだんだ。僕の頭をぐしゃぐしゃにして、一言そう言った。


 ✧*


 夜はふけて、そのうち空は青さを取り戻して、まぶしい太陽が顔を出す。

 

 僕は、朝になっても悩んでいた。

 僕のお願いごとはお母さんを生き返らせることで、できるまでは家に帰れない。だって、両方は選べない。意志の宝石はどちらか一方にしか使えないし、集めるのだってすごく大変だ。

 だから、帰れないんだ、僕は……


「空、今日はもう寝なさい」


 お店の外の掃き掃除をしていると、魔女さんがそう声をかけてきた。

 でも……


「食事の準備なら心配いらないよ。私がもう作っておいたから」


 魔女さんは、サンドイッチが乗ったお皿を持っていた。魔女さんのサンドイッチは久しぶりだ。

 僕は魔女さんに言われて、お店の前にあった二人がけのベンチに座る。

 この町は海が近い。海から吹く、少しだけ冷たい風が、僕の髪をくしゃくしゃにする。


「魔女さん……」


 僕は、魔女さんに悩みを打ち明けようとしてた。

 僕は世界のカギを作って家に帰った方がいいんだろうか。それとも……


「言っただろう。じっくり考えなさい」


 魔女さんは言う。相談さえさせてくれないのか。僕はガッカリした。魔女さんに文句を言いたくなる。


大方おおかた、元の世界に残したお父さんを思い出して、ホームシックになったんだろう」


 今さら頭の中を読まれたって、僕はもうおどろかない。それより、さびしくなったのをからかわれるかと身がまえた。

 そしたら、魔女さんはため息をついた。


「私にはどうにもできないから。無責任になぐさめるのは、ちがうだろう?」


 僕は魔女さんを見上げる。

 魔女さんは、申し訳なさそうな顔をしていた。

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