第11話 クロワッサン

 昨日、作戦の概要を本部に伝えた。

 あれから、リーナは今日も食事を運んでくれる。

 毒が入っていることも、間者である可能性も低くなっている。

 完全なる善意ほど怖いものはないが、それでも少しは許せる気がするから不思議だ。

 それがリーナの気質なのかもしれない。

 わたしは街に繰り出し、情報を集める。

 パン屋の主人が隣人の悩みを受けて、小麦粉を使わない新しいパン作りをしている。

 釣り人がボウズだったこと。

 川岸でカップルが愛を語り合うこと。

 様々な情報が入ってくるが、この国にも平穏に暮らす庶民がいる。

 彼らだって産まれる国を選べるわけじゃない。

 皇帝に批判的な意見も聞こえてくる。

 でもそれでも、街は静かに日々を過ごしている。

 平和なら良かったのに。


 このまま、この国で、この街で暮らすのもありじゃないか?


 ふと浮かんだ言葉を振り落とすようにかぶりを振る。

 歯牙しがにもかけないことを思ってしまった。

 わたしは共和国の軍人だ。

 そんな甘ったれた言葉で戦争は終わらない。

 終わらせない。

 わたしには守るべき人がいる。帰るべき家がある。

 それを失わないための職業選択だ。だったのだ。

 少し落ち着いた気持ちで、必要物資を調達する。

 帰りにパン屋でクロワッサンを買い、部屋に戻る。

 無線機に噛みつくようにレイナがいた。

 あとどれくらいスパイを続ければいいのだろう。

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