第3話②
ディカ王子との短くも派手な握手はあっという間に終わってしまった。手のひらからぬくもりが離れて、なんだかとってもすうすうする。きっと推しの握手会の後って、こんな虚無を感じるんだろうな……。知らんけど。
「最後はきみだね、アダン」
名指しとともに、ばちん!とウインクを飛ばされたアダンさんはちょっと嫌そうな顔をしつつ私達に自己紹介をする。
「アダン・モーステスだ。主にディカ殿下のお守りを任じられている」
「アダン?!」
「んふっ、殿下、なんて顔なさるの!ほっほっほ!」
この名乗りはディカ王子の想定外だったようだ。王子の形相にシシーさんがゲラゲラ笑ってる。
夏の夜みたいな黒髪に冬の空みたいな色の瞳をしたアダンさんは、ディカ王子とは別の方向で整った顔をしている。スンッとした表情のせいもあるけど、切れ長の目と薄い唇は、良く言えば理知的、悪く言えば冷たそう。
少しも表情を崩さないから真面目に言ったのかと思ったけど、ディカ王子とシシーさんの様子を見ると冗談なんだと思う。この顔で冗談言うとかすごいギャップあるな!
でもさー、初対面の人が冗談言ってるかどうかって判断難しくない?私と駒内くんはどんな顔をしたらいいかめちゃくちゃ困ってるよ!
そんな私達の愛想笑いに気づいたアダンさんは、眉をひとつピクっとさせると少しだけ顔を伏せて「慣れないことをするものではないな」と呟いた。ほらー!やっぱ無理してたんじゃん。自国の王子をすまし顔でこき下ろせるくらい、仲がいいのは伝わったぜ!と、心の中でサムズアップしておこう。
見た目を裏切るゲラっぷりを見せてくれたシシーさんは、白いまつげを涙で濡らしながらやっと本題に入った。
「聖女であるかを調べるのは、とっても簡単なのよ」
用意されたのは、水差しと洗面器のような器だ。テーブルの上に無造作に並べられている。ご家庭でもできる、理科の実験ぽさがあるね。
袖をまくったシシーさんが、水で満たされた洗面器に両手をかざす。少しの変化も見逃さないように、駒内くんと並んで水面に注目。
これは……水面が揺れているような…?
駒内くんと顔を合わせて、やっぱり揺れてるよね!と再確認する。
シシーさんがさらに手を水面に近づけると、やっぱりそのぶんだけ水面の動きが大きくなる。揺れてるねえ!
「いつも袖が濡れちゃうのよね」
なんと言うことでしょう!シシーさんの一言とともに、水面が大きく波打ち始めたじゃないですか!これ実験じゃない!マジックだ!
映画やドラマで見るような、ヘリコプターが海面でホバリングしてる時の海面の様子にとても似ている。つまり、シシーさんの手から強い風のような力が出ている……と言うことなんだろうか?
「ダウンウォッシュみたいだ」
「ヘリがホバリングしてる時のやつ?」
「そう、それ」
ダウンウォッシュと言うそうです。駒内くんは物知りだなあ。
「ただの水を魔力で押さえつけるなら、このようにはならないの」
「まりょく」
そういえば最初にアダンさんが魔術院がどうとかこうとか言ってたっけ。聖女だなんだ召喚うんぬんって言ってたし、やっぱり魔法や魔術がある世界なんだろうな。とんでもねえな……。
「俺には局所的な強風が吹き下ろされている時の現象に見えます。これができる人が聖女なんですか?」
「ちょっと違うわね。私がやると“こう”なるの」
「と、言うと?」
「この水は特別なもので、魔力を通しません。普通の人にはただの水。凪の水は聖女が触れると嵐の水になるの」
「それは……つまり……?」
つまり、っていい言葉だよね。これ言ったら相手から自動で答えが出てくるんだもん。
物分かりの悪い私に、シシーさんは聖女と呼ぶに相応しい微笑みを見せてくれた。あー、これはバカだってばれちゃったやつですね。すまん顔面の筋肉よ。筋肉痛が無駄になった瞬間です。
「どんな形であれ、この水が暴れたら聖女、ってことよ。さあ、二人とも!やってみせてくれる?」
理数は壊滅的、でも実験は好きって人種いるよね。私のことです。ハイっ!と元気よく手をあげて、トップバッターに収まった。
シシーさんに倣い、袖まくりして洗面器と向かい合う。
「人によって凪の水がどう動くかが変わります。よぉく水面を見ていてね」
「ハイっ!」
意気揚々と手のひらを水面にかざす。なにも起きない。もう一回かざす。……やっぱりなにも起きない。Suicaタッチ不良で改札ブロック、くらいの迅速性は求めないので、もう一回Suicaをタッチ……ではなく手をかざす。
「駅員さん呼んだほうがいい?」
「なんて?」
難しい顔をしたシシーさんが、水を変えてみましょうと提案してくれた。
「うわ!」
「すげえ……!」
水の入ったグラスを指で弾いたような波紋が、指先からじわじわ広がっている。手をかざしてるだけなのに。すごい!自分の手から謎の波動が出ているなんて、生まれて初めて知った。こんなことある?すごいじゃん私!この水もらったら家でもできるかな!
「見事に動きましたね。ナナさん、あなたは間違いなくこの国の聖女になれるわ」
「う、わあ……」
やってしまった。聖女!良く考えたらだめじゃん!なったら家に帰れないやつじゃん!改札ブロックのまま回れ右で帰るのが正解だったやつだこれ!
「やはり召喚は成功だったじゃないか!」
ディカ王子が興奮した様子でアダンさんの背中をばっしんばっしん叩いている。あれは痛そう。
「南郷さん、ほんとに聖女だったんだ」
「実感ないんですけど……」
「おめでとうって言ったほうがいいやつ?」
「全然うれしくないんですけどお……!」
でもこれで駒内くんが巻き込まれたのは間違いがなくなったと思う。よかった。家に帰れるね。
「帰ったらさ、うちの親に娘はハンドパワーに目覚めて聖女になったって伝えてくれる?」
「絶対警察呼ばれるやつじゃん」
「間違いなく不審者」
「さ、次はマコトさんの順番よ」
「えっ」
新しい水で満たされた洗面器が、駒内くんの前に置かれる。おやおや?
「えっと……俺は要らなくないですか?」
「いいえ、あなたもやるの」
「ナナが聖女なのではないのかい?」
「殿下、私は二人が聖女かどうか調べると言いました」
有無を言わせぬ静かな迫力。
なんか……、なんか雲行きが怪しくないですか?場の温度が急に下がったような感じ。シシーさんは駒内くんにこそ、このテストをさせたかったような。そんな気がする。
「……嫌な予感がするんだけど」
駒内くん、それフラグだと思う。
「南郷さん、フラグだって顔しないでくれる?」
「あっ、顔に出てましたか」
「うそだろ……」
シシーさんに促されるまま、見るからに渋々といった様子で洗面器に手をかざす。
「わあ……」
思わず声が出てしまった。ディカ王子もアダンさんも、目を丸くしている。
水面は強い雨に打たれたように激しく揺れて、飛沫を散らしている。シシーさんが言った通り、これは袖が濡れるやつだ。本当の聖女ならば、このくらい荒れて当然なんだろう。
「マコトさん、あなたも聖女の資格を持っているわね」
当然ね、と言わんばかりにシシーさんはにんまり笑っている。やっぱりシシーさんは、喚ばれたのが駒内くんだとわかってたんだ。
ということは…つまり……。
「駒内くん」
手をびしゃびしゃにして呆然とする駒内くんの肩をぽんと叩く。ギギギ、と音がしそうなほどぎこちない動きで私を見る。
「フラグ回収おめでとう」
つまり、巻き込まれたのは私だったのだ。サムズアップ!!
聖女のスペアは帰れない 大森 @Happycola1984
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。聖女のスペアは帰れないの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます