第3話①

 おばあさんの一声で、あれよあれよと場所を移されることになった。

 本当はどこにも行かずに、もといた駅前に戻してくれよと思ったんだけど、甲冑の一団に囲まれた私達に選択肢はなかったも同然だ。折角の生存チャンスを逃すわけにはいかないのである。


 殿下と呼ばれたモーセ(仮)が同行していることもあり、不審者というよりもお客様――それも相当重要なお客様のように扱われて、怖いこともしんどいこともない。

 それどころか、いつの間にか私の前後左右を固める甲冑は兜のシールドを上げて、やいのやいの話しかけてくる。


「先ほどは貴女に剣を向けるなど、恐ろしい目にあわせて申し訳ありません」

「ええ……まあ、はあ……」

「あのう、お疲れではないですか?実は俺、甘いものを持っていて……」

「へっ」

「ばかやろう!お前が懐から出したモンなんぞ食べさせられるわけあるか!気持ち悪いだろ!」

「あはは……」


 すごい、ほとんどなにも言ってないのにどんどん話が進んでいって、しっかりオチまでついてる。手厚い。


「足はお辛くありませんか?いささか速度をゆるめたほうがよろしいですね」

「あー、いえ、このくらいは」

「はいはーい!僕が背負って差し上げ……」

「はい?」

「ばかやろう!股がぱっかーんてなるだろうが!そういう時はこうッ、抱き上げるんだよ!」

「んはっ、んふふ」


 君らいつもこんなんなの?思わず笑っちゃったじゃん。ツッコミの人お疲れ様です。

 私の前を歩く男子くんの囲みの甲冑が、なに笑ってんだ?とばかりに振り返ってこっちを見てくる。うるさくしてすいませんね。でも笑かしてくる方も悪いと思う。


 とまあこんな感じだったので、そこそこの移動距離も楽しく過ごせた。

 最初の部屋――劇場のような、教会の聖堂のような場所を出て、廊下や回廊をてくてく進み、石造りの建物の中へ。たぶんここはお城的なところ……だと思う。どんな建物かはでかすぎてわからなかったけど、まあ殿下がいるのは当然お城だよね。


 そしていま私と男子くんは、応接間のような場所にいる。目の前には、聖女と呼ばれたおばあさん。モーセ(仮)とアダンさんは、少し離れた椅子に腰掛けている。


「いろいろなことがあって疲れたでしょう。どうぞくつろいでちょうだいね」


 私と男子くんは口々にお礼を述べて、ふかふかの椅子に腰掛ける。

 ありがたいお言葉だけど、その言葉に甘えてくつろげるほどのんびり屋さんではないのである。椅子には浅く腰掛けて、なるべく背はピシッと。聖女ではないとわかっても、ちゃんとした子だなあと思ってもらい、なんとか家に帰らせてもらいたい。頼むぞ私の演技力。


「まずは自己紹介かしらね。私はシシー、この国では聖女のお役目を任されています」

 ふんわり微笑むシシーさんは、どう見ても普通のおばあちゃんだ。豊かな白髪をゆるく編み込んで、肩から流している。深く刻まれたシワ、細くて薄い身体、骨ばった指は、うちのおばあちゃんよりずっと繊細だ。(うちのおばあちゃんは丸くてつやつやふくふくしてる。気を抜くとすぐに太る私と、明らかに同じ遺伝子を持ってるんだな)


「二人の名前を聞かせてくれる?」


 すっと手のひらを向けられて、きたな!と膝の上の拳に力を込める。まずは私の番。見るからに西洋ファンタジーな世界だし、姓名は分けたほうがいいかな。


「私は南郷なな、です。ななが名前で、南郷が名字です。学生をしています」

「ナナさんね。どうぞよろしく。しっかりした娘さんなのは、学業を修める身であるからなのね」


 しっかりとした娘さん!ええ、ええ、そうでしょうとも!うなれ私の演技力!普段使わない筋肉を総動員して、可愛くかつ聡明に見えるよう微笑む。これは後で筋肉痛になる予感がする。


「俺は駒内真です。姓が駒内、名が真。同じく学生です。よろしくお願いします」


 男子くんあらため駒内くんは、シシーさんと私両方に頭を下げた。ご丁寧にありがとうございます。そういえば男子くんの名前、ずっと聞いてなかった。


「よろしくね、マコトさん。二人とも学生ということは、ひょっとして同じ学舎に通っているのかしら?」


 おっとそうか、そこも大事だよね。私が聖女だと思われてるなら、巻き込まれてしまった駒内くんは帰してもらわないと。


「いえ、私たちは初対面です」

「たまたま駅でぶつかって、気づいたら二人ともここにいた……という感じです」

「あらあら、そうだったの」


 シシーさんがキャラメル色の目を丸くする。わかっていただけましたか!そう、これは不幸な事故なんです。

 この調子ですぐにでも帰りたいことを伝えたかったのに、話に混ざりたそうにしていたモーセ(仮)が、ついに我慢できなくなった様子でこっちに突撃してきた。


「私にも挨拶をさせておくれ!」

「こちらはディカ・シュトーム様。我が国の第2王子にあらせられます」

「アダーン!どうして先に言ってしまうんだい!」


 仲良しか。いやさっきの意趣返しだなこれ。めっちゃツーンて顔してるもんな。


「まあいいさ。マコト、ナナ、よくぞわが国に来てくれた!心から歓迎するよ!」


 切り替えの早い王子様はキラッキラの笑顔で駒内くんの手を取って、ぶんぶん派手に握手している。駒内くんまた(なんだこれ)って顔してるじゃん。勢いがすごい。

 ひとしきり派手なシェイクハンドを送ったディカ王子は、今度は私にキラッキラの顔を向けてひざまづき、手を取った。


「今度こそレディに挨拶を送っても?」

「ひえ」


 もしかしてこれは手の甲にキスってやつですか?キスってやつですね!無理です!


 だって正直に言うとディカ王子は顔がいい。さっきは緊急事態で別の意味でドキドキしてたし余裕も全くなかったけど、落ち着いて心拍数も平常に戻ったいま、私みたいな平凡な子供には刺激が強すぎる。長いまつ毛に囲まれた緑の瞳はタレ目は隠しきれない優しさを、ふにゃっとした口元は完璧さを少し崩して親しみやすさを添えている。すごく犬っぽい。そう、犬派の私が思わず可愛いな〜って思っちゃうくらい可愛いいんだ。可愛すぎて可愛いが渋滞している。プリンスはチャーミングであることが義務付けられてるんですか?そしていまも大きく揺れる尻尾が見える……気がする。そんな完璧な王子様フェイスの王子様にひざまづかれて、動揺しないわけがない。誰か!誰か助けて!


 キラキラの笑顔を直視できなくて視線をうろうろさせていると、黒髪のアダンさんと目が合った。お助けを!さっきみたいなツーンとしたやつを一つお願いします!

 アダンさんは私の必死な顔を見てフッと笑った。ひでえ。いや背に腹は変えられない。顔面の筋肉痛と引き換えに、今世紀最大級の哀れを誘う顔をしてやった。


「んんっ。……ディカ様、女性をそのように困らせるものではありません」

「おっと、困らせてしまったかい?」

「アッ、……ッス」

「挨拶の習慣が異なるのでしょう」

「これは失礼したね、ナナ」


 そう言って、ディカ王子は私にも派手なシェイクハンドをしてくれた。大きくて温かい、がっしりとした手だった。私の手、手汗大丈夫だったかな。



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