第八話、蜩の鳴く夕べ三

 苦悩しきってしまい、人心地もつかないので、姫に文を送ることにした。


〈いかでわれ行く末知らぬ身となれど迷ひの道にしるしありやと〉

(私はどのように、この先、どうなっていくのかわからない身となったけれど。あなたと共になれる日 は来るのであろうか)(この私の進む道に光が射せばよいのですが。あなたとのことが認められる日が来ることを願うばかりです)

 薄様ではなく、ごく白い紙にしたためた。

 あの人はたぶん、嫌がるだろうな、きっと。

 内心思いながらも、簀子に控えていた女房を呼んで、この文を届けるために、準備をするように言った。

「いつものように、何か花などに結びつけられますか?」

「いいや。文箱を持ってきてくれ、それを使う」

 後で文をきちんと畳んで、入れた。

 紐を結んで、女房が使いに渡すために持って行ったのを見送ってから、隼人にこちらへ来るように伝えさせた。

「…中将様。どうなさいます、やはり、五条の姫君をお引き取りになるおつもりでいらっしゃるのですか?」

「そうしようと思っている。だが、父宮はここからも近い中殿の方にせよ、とおっしゃる。あちらは若い女人が住むには、いささか陰気であるから、よろしくない。西三条院はつい、最近まで、母方の伯母上が住まわれていたから、邸自体、数年ほど前に改築されていて、新しいし、しっかりしている。吉日は占いで決めるから、仕方ないにしても、邸くらいは自身で判断したいからな」

 私がそう言えば、隼人は思案を始めた。 「確かに、中殿は長い間、人が住まなかったせいで、狐が住み着いているとまでいわれているくらいですからね。尼君やそれなりに度胸のある方でなければ、とてもではありませんが、居所とするには無理があるかと」

 隼人までが、これには同意した。

 とにかく、急いでしなければとは思わない。

「隼人。ならば、これは私からの命だ。西三条院をよく手入れさせておけ。そして、邸の補修も行う。今から、手配を」

「は、今すぐに…」

 素早く、隼人は立ち上がると、居室を退がって行った。

 それを見送りつつ、迎えをよこしたりする準備を始めるために、私はいろいろと走り回ることの多い半月を過ごした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る