第40話従姉妹説教戦①

「さて、人もいなくなったところで、滅多になく君がイラついている理由を聞こうか」




 最近はすっかりとお馴染みになってしまった視聴覚室の中で、紋次郎がどのようにあの事件の顛末を言おうか迷っていると、カチッ、と渋い音が発して、堀山茜がメビウスに火をつけた。




「そう身構えるな、詰問したいわけじゃない。これでも君たちのような小便臭い高校生ではない、酸いも甘いも噛み分けた大人のお姉さんが痴情のもつれを解消してやるために話を聞いてやろうと言うだけだ」

「酸いも甘いも噛み分けた大人のお姉さん? 確定的に嘘じゃん」




 紋次郎は思わずツッコんだ。




「だって姉ちゃん、高校生になるまで男と女はひとつのベッドで寝るだけで妊娠しちゃうんだ~とか自慢気に言ってたじゃん。二十八になった今も独身だし、彼氏とかいたことないでしょ」




 フーッ、と、堀山茜が美味そうに煙を吐き出した。


 吐き出してから……スッ、という感じで煙草の火を紋次郎の顔面に突き出してくる。


 思わずそれを見つめていると――火がついた煙草の先端が紋次郎の右目を狙い、紋次郎は血相変えてそれを避けた。




「何すんだよ!?」

「こら、避けるんじゃない。避けたら当たらないだろうが」

「当てようとしてたのかよ! ますます何考えてんだ! 失明したらどうすんだよ!」

「なぁにを言ってる、不死身の船坂の子孫なら根性焼きぐらいすぐに治るだろう?」

「どういう理屈だよ! いくら俺でもそういう急所への攻撃はどうなるかわからないだろ! 大怪我したらどう責任取ってくれんだよ!」

「おや、お前がトラックと激突したとき、エレーナだってそう言ったんだろう?」




 は――と、紋次郎は思わず言葉を飲み込んだ。


 堀山茜は再び煙を吸い込み、天井に向かって煙を吐き出した。




「事の委細はLINEで寿から聞いた。お前、エレーナを守ってトラックに轢かれておきながら、病院には行かないと大声で喚いたらしいな?」

「そ、そうだけど」

「こんな怪我はすぐに治るんだからほっといてくれ、と、そんなことまで言った」

「う、うん……」

「しかし今、お前は私の根性焼きを避けた。何故だ?」

「そ、そりゃ、怪我するのは誰だって嫌に決まってるし……!」

「何故だ? どうせすぐ治るんだろう?」




 堀山茜は退路を断つような言い方で紋次郎に迫る。




「どうせ君のことだから、身体に風穴を開けてもしばらくは生きてることだろう。それなのにたかが根性焼きを嫌がるのは何故だ?」

「……」

「紋次郎、お前はトラックに轢かれた時、いくらお前でも痛いと思ったんじゃないか? そりゃ当然、痛いに決まっている。至って一般人である私だって簡単に想像がつく。エレーナだって当然想像しただろう」




 堀山茜が真剣な目で紋次郎を見つめた。




「だがお前は勝手な理屈を唱えて、こんな怪我はすぐに治るんだから放っておけと言い放った。エレーナが側で死ぬほど心配しているのにも関わらず、その気持ちを一顧だにしなかった。ましてやお前はエレーナの身代わりで轢かれたんだぞ。エレーナは気が気じゃなかっただろう」




 それは――そうだったかもしれない。


 紋次郎が今更ながらに反省した気持ちでいると、堀山茜はまたタバコを一服する。




「だが紋次郎、私や寿は、本当はそんなことが言いたいわけじゃない。君が特異体質だとかそうじゃないとか、女の子に対してデリカシーがないとか、そんなことは本当はどうでもいいんだ」

「え――?」

「紋次郎。お前はな、自分の痛みに鈍感すぎるんだ」




 不意に――寿と同じことを、堀山茜が言った。




「どうせすぐに治るからと言って、自分が傷つくことをなんとも思っていない。他人が傷つく代わりに自分が傷つけばいいのだと、自然とそう考えている――そうだろう?」




 紋次郎が少し悩みながらも頷くと、堀山茜は少しだけ、こちらを憐れむような目を向けた。




「だがな紋次郎、それは優しさとは違うものだぞ。本当は誰も傷つかない世界が一番いい、違うか? 誰かが誰かのために傷つく世界、誰かの犠牲の上に成り立った平和、そんなものには頭から価値がない――そうは思わないか。そう思うことは出来ないのか」




 堀山茜は目を伏せ、細く長く煙を吐き出した。




「今回、君はエレーナを庇って傷ついた。それは立派なことだ。だがな紋次郎、その行為に感謝もするが、それを悲しむ人だって少なからずいるんだ。エレーナ、寿、関口巽、そして私――お前が血を流して痛い痛いと転げ回るのを悲しむ者たちが、お前の周りにはたくさんいるんじゃないのか」




 紋次郎は無言で顔を俯けた。


 でもやはり――正直なところ、堀山茜が言っていることは、紋次郎には心の底からは理解できないことだった。


 小さい頃から、自分は傷の治りが異常に早かったし、筋力でも他人を圧倒していた。


 自分は痛みにも強いらしく、腕をへし折ろうが足を挫こうが、辛いと思ったことがあまりなかった。


 それだから、ごく自然と、他人が困っていたら代わりになり、その結果傷を負うことがよくあった。


 自分はそういう体質なのだし、そうすることが世の中のためになるのだと、それがよいことなのだと、当たり前のように信じていたのである。




 だが堀山茜は、それではダメだという。


 自分が他人の代わりに傷つくことは立派なことでもなんでもない、むしろ悲しむ人がいるのだと、そんな話をしたいらしい。




 けれど――紋次郎は心の中で反駁した。


 あの時自分が飛び出し、トラックを止めなかったら、エレーナはもしかしたら死んでいたかも知れないし、少なくとも大怪我は免れなかったはずだ。


 それを自分が止めたからエレーナは無事で済んだし、あの後精密検査してもらっても、自分は額からの出血以外は無傷だった。


 なら、それでいいのではないか。確かに自分は不死身でもなんでもないのはわかるが、それでも他人より身体が頑丈なのは事実である。


 より強いもの、優れたるものが弱いものを庇い護ること、それは当然の話なのではないか。




 困り顔の紋次郎を見て、堀山茜は苦笑した。




「やっぱりわからん、という顔をしているな」

「は、はい、すみません――」

「まぁ、仕方ないのかもしれんよ。君は神様の何の気まぐれなのか、そのように生まれついた。生まれついて異なっているものにそう生まれなかったものの考えを理解せよというのも酷な話だ。だが――君はひとつ、根本的で、極めて厄介な誤解をしている」

「え――?」




 根本的な誤解。その言葉に紋次郎が顔を上げると、堀山茜は何かの決意を固めるかのようにタバコを一服し――そして、問うてきた。




「船坂紋次郎。君が君の妹である寿を乱暴した不良どもを半殺しにした時――寿は喜んでいたか?」



◆◆◆



更新まで間が空いてすみません……。

完結させる、完結させるんだ……。


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