第31話第二次日本海海戦

 バスと電車を乗り継いで約一時間後、紋次郎、エレーナ、寿の三人は郊外にあるショッピングモールに来ていた。休日ではあるが給料日前ということもあるのか、モール内に人影はまばらであった。


 そんな中を――ウキウキと効果音が出そうな感じで、紋次郎と寿は腕を組んだまま歩いていた。その背後を、まるで亡霊であるかのようにエレーナがついて歩く。傍から見ればどう見ても紋次郎と寿がカップルで、エレーナはその背後霊であるようにしか見えない。さっきからエレーナの凄まじく殺気立った視線を背中に感じ続けていたものの、いつもは塩対応の妹がなんだか殊更に張り切っているせいで、紋次郎にはどうしようもなかった。


「あの、モンジロー……」

「お兄、アレ見たい! ちょっとこっち!」

「うおお……!? ちょ、ちょっと待て寿! 引っ張り過ぎだって……!」

「あ、あの……」

「ほらお兄、ちゃんとこっち来て! 腕組んでるからお兄がこっち来ないとちゃんと見れないじゃん!」

「も、もう、仕方ねぇな……」


 その瞬間、ちら、と寿がエレーナを振り返り、ニヤリ、と笑った。


 女同士であれば確実にその真意が伝わるだろうその笑みに、エレーナの顔に稲妻が走った。


 咄嗟に、エレーナは開いている紋次郎の左腕を取った。


「うわ! え、エレーナさん……!?」

「モンジロー、あっちにも面白そうな商品あるわ! あっちにも後で寄るわよ!」

「ちょちょちょ、エレーナさん! どこはと言えないが、お、押し付けすぎだって……!」

「あらごめんなさい。多少人より大きいせいでどうしてもこうなっちゃう。あーあ、小さい子が羨ましいわね……」


 そこでエレーナは右腕に縋りついている寿に意味深な目線をくれてやった。この少女、小柄であるが故にある部分も見た目時点でそれなり以下、という感じである。


 女同士ならば伝わるそのマウントに、寿の顔が音を立てて引きつった。


「……お兄、あっち行こ」

「……モンジロー、こっち行ってみたいわ」

「ギャ! や、やめろ、両側から引っ張らないで! いだだだ……お、俺を真っ二つにする気か!? 今どきそんな平成一桁時代のラブコメみたいなことは……!」


 紋次郎が悲鳴を上げて股裂きの刑に処されるのを、横を通り過ぎる客たちは不思議そうに見ている。一頻り騒いだ後、結局紋次郎が音を上げた。


「とっ、とりあえず! エレーナさんはワイシャツ買ってくれるんだろ!? まず先にワイシャツ売り場行こう、ね!?」


 そう叫ぶと、エレーナと寿が瞬時視線を交わし合い、何度か頷いた。


「そうしましょう」

「それでいい」

「よ、よし、とりあえずどっちも離れてくれよ。歩きにくくてしゃあないんだ」

「それは断る」

「あら、私は離れるわよ? モンジローがそうしてくれって頼んでるんだもの。尽くすタイプねぇ私ったら」


 チッ、と舌打ちの音が発して、寿もようようのことで紋次郎の右腕を離した。なんとか歩き出して数分、紳士服や学生服を取り扱っている店の前まで来た。


「さて、モンジローに似合うワイシャツはどれかしらね」

「似合うも何も、普通の白いスクールシャツだろ。選択の余地がそもそもないんじゃ……」

「わかってないなお兄は。こういうのはちょっとしたワンポイントに差が出んの。お兄は黙ってればそこそこ見れる見た目してるんだからそういうとこでバシッとキメなきゃ」


 ねぇ? と寿が目配せすると、そこは意見が一致したのか、エレーナが力強く頷いた。


「そうよそうよ。モンジローはもう少し見た目に気をつけたらもっと人気の男子になれるわよ」

「おっ、おう……なんだかそう面と向かって言われるとこっちも照れるな……」

「じゃあ、まずはお兄は試着室へどうぞ」

「は? なんで?」

「シャツは私たちが選んできてあげるから。お兄はただ着てくれるだけでいーの。後は私たち次第、ね?」

「そ、そうか? そっちが楽っちゃ楽だからいいけど……本当に試着室にいるだけでいいのか?」

「さぁさぁ、そうと決まれば試着室へどうぞ。後は私たちが選んであげるから。大船どころかБалтийский флотに乗ったつもりでいなさい」

「ば、バルチック艦隊の上に……そりゃ世界一安全そうだな。じゃ、頼むわ」


 言うが早いか、紋次郎は試着室のカーテンを閉めた。


 そこで、ようやくエレーナと寿は正面から見つめ合った。


「……ここまで露骨にやられたら、幾ら私でも気がつくわよ、コトブキちゃん。あなたは一体全体何者で、さっきから何のつもりなのかしら」

「何者って、ただのあなたの宿敵の妹ですけど? エレーナさんこそ、このデート自体何のつもりなんでしょうか? 宿敵と楽しくデートなんて普通しないと思うんですけど?」

「これは調査よ。モンジローが先祖みたいに私の祖国に反抗してきたときに、弱点を調べて確実に仕留められるようにするためのね」

「おー怖い。ということはつまり、その兄の妹である私としても日本人としても、ここで兄が弱点を調査されるのを阻止するのが大事、ってことですよね?」


 ニヤ、と笑った寿に対して、エレーナは肘を抱いて顎先を上げ、受けて立つ表情になった。


「なるほど。つまりあなたは宿敵の同盟者、つまりニチロセンソーにおけるАнглияみたいなものとして理解していいのね?」

「Англия? イギリスってことですか? 日英同盟……流石は歴史に詳しいですね」

「これでも百二十年間もあなたたちの先祖にされたことを忘れてないからね」

「まぁあ、私まで宿敵と呼ぶかどうかはエレーナさんにおまかせしますけど、少なくとも兄に恥はかかせられませんねぇ。ここで兄により似合うワイシャツを見つけられた方がよりよく兄を理解してる、ってことになりますよね?」

「フン、妹だからって調子に乗ってると痛い目見るわよ。付き合った時間が半月しかなくても、敵として観察は続けてたんだから。Россия式の美的センスでモンジローをこれ以上なくイケてる男子にしてみせるし」

「こっちだって日本式のカワイイをナメてもらっちゃ困りますよ。世界に通じるセンスを持ってるのは日本人です。エレーナさんこそ、間違っても兄にハンマーと鎌の模様のアカいワイシャツとか選ばないでくださいね?」

「抜かしたわね小娘……! 見てなさい! モンジローに一番似合う服を選ぶのは私よ!」

「いきり立つよりは結果で示した方がカッコイイですよ。さぁ、制限時間は一時間ってことでいいですね?」

「目にもの見せてあげるわ! 今度こそБалтийский флотがТого Хэйхатироを海の藻屑にしてやるんだから!」


 それぞれに開戦の口上を述べ、エレーナと寿は紳士服の大海原に突き進んでいった。


 ここに、ロシアン武闘派貴族の末裔と、「不死身の船坂」と呼ばれた大戦士の末裔、その二人が繰り広げる、第二次日本海海戦の火蓋が切って落とされた。




◆◆◆




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


「面白かった」

「続きが気になる」


そう思っていただけましたら

★での評価、ブックマークなどを

よろしくお願いいたします。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る