第30話妹同行戦
「モンジロー、その子は……?」
「あの、その、ご、ごめんねエレーナさん。こいつは……」
「どうもー、はじめまして。船坂紋次郎の妹の寿でーす。今日はよろしくお願いしまーす」
その時のエレーナはグレーのニットセーターにデニムという出で立ちであった。服装自体はシンプルでありながら、文字通り日本人離れしているスタイルのせいで、それはそれはとてもよく似合っている。ただでさえ目立つ胸のデカさが伸びきったニット生地によって更に強調されているのが、またいい。
もし二人きりであったならしばらく見惚れてしまい、写真の一枚でもせがむところなのであろうが、あいにくそのときの紋次郎にそんな余裕はなかった。理由は一目瞭然、隣りにいて紋次郎の腕を抱いて離さない妹・寿の存在があるからである。
「ゴメンねエレーナさん、こいつは俺の妹の寿、っていうんだ。今日はどうしてもついてくるって聞かなくてさ……」
「……ごめんなさい、私、いまだにヤポーニャの文化には詳しくないんだけど、これって普通の事態なの? その……妹ってヤポーニャではそういう扱いになるのかしら?」
「いや、よっぽど珍しい事態だと思いますよ。けど、エレーナさんは船坂家に恨みがあるんですよね? 私も船坂家の長女なので。調査する対象が二人に増えた方が嬉しいでしょ?」
あっけらかんと言い放った寿の言葉は、なんだか棘のある言葉に聞こえた。明らかに挑発的に聞こえる言葉に、エレーナの顔がピキッと音を立てた。
「ま、まぁ、それはその通りだけど……いや、だけどね……」
「今日はお兄だけじゃなく私についてもたーくさん調べてくださいね! 聞かれたらなんでも正直に答えますんで!」
反論を塞がんとするかのような言葉の羅列に、エレーナが流石に気圧されたような表情を浮かべ、何かを言いたげにじっとりと紋次郎を見つめた。誰よこの女? と、その視線は明確にそう言っていた。
『La☆La☆Age』のツアーグッズという賄賂でこんなことを了承してしまった紋次郎には、エレーナのその視線は痛すぎた。紋次郎は視線を背けがちにぼそぼそと言い訳した。
「いや、エレーナさんが何を言いたいのかはわかる。けれど、すまんとしか言いようがない。俺はこの妹にこうすると言われたら逆らえないんだよ……」
「別に? あなたに対して怒ってるわけじゃないわ。ただね、私たちの因縁にあなたが溺愛して止まない妹さんを巻き込もうとしてることについては非常にいただけないわね。これはモンジローと私の問題なんじゃないの? 流石に妹さんまでこの因縁に巻き込むのは……」
「あれあれ? 私だって『不死身の船坂』の子孫なんですよ? エレーナさんは憎き『不死身の船坂』の血を攻撃しまくるのが日本に来た目的なんじゃないですか? そうじゃないと先祖さんが泣くんじゃないですかね?」
ミシッ……と、エレーナの表情に更に亀裂が広がった。その表情を見て、明らかに寿は喜んだようだった。女の戦い――そうとしか言えない凍てついた空気に、寿に腕を抱かれたままの紋次郎はウヒッと縮こまった。
「あれー、まさかまさかエレーナさん、お兄と二人きりがよかった、なんて考えてませんよね!? 宿敵と二人きりでお買い物とか、私だったら死んでもゴメンな事態なんですけど! まさかエレーナさん、お兄のこと好きになっちゃったりしてませんよね!?」
「な、なっちゃったりしてないッ!!」
エレーナの顔面が瞬時に真っ赤になり、ものすごく大きな声で否定の言葉が迸った。
「そ、そりゃ危ないところを助けられた時はちょっとカッコイイと思っちゃったけど、宿敵の子孫に恋するなんて普通ありえないでしょ! 突然何を言い出すのよ!」
「そうかー、そうだって、お兄。エレーナさんはお兄のこと全然好きじゃないし、全然カッコイイとも思ってないんだって。残念だね」
「え、エレーナさん……ショボン」
「ちょ、な、何よ。何をしょぼくれた顔してるのよ。何もそこまでは言ってないわよ。あなたのことはクラスメイトとしてちゃんと信頼はしてるわよ。ほっ、本当だって!」
「エレーナさん……ニッコリ」
「ちょ、何を物凄く嬉しそうにしてるのよ! 宿敵に信頼されて喜ぶなんてバカなんじゃないの!? あぁもう、もういい! 妹さん同伴でもいい! 大切にしてるっていうのは聞いてるから!」
「やだなぁエレーナさん、『妹さん』なんて堅苦しい呼び方しなくていいですよ。『寿』、でいいですから」
「あーもう、あなたは少し口を閉じて! ほら、行くわよモンジロー! さっさと買い物を済ませて他行くわよ!」
そう言って、エレーナはノシノシと歩いていこうとする。紋次郎が思わず気後れして、恨みがましく寿を見ると、寿は何だか勝ち誇ったような顔で笑い、「行こっか?」と悪びれることもなく微笑んだ。
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