第22話宿敵調査続行戦

 ふぁーあ、と席についたままあくびを噛み殺していると、後ろの席の藤村巽がチッと舌打ちをし、忌々しげに吐き捨てた。


「おーおー、眠そうだな紋次郎。昨日はアレか? エレーナさんと一晩中お盛んだったのか?」

「またそういうことを……ちょっと夢見が悪かったんだよ。それにあの人とは何もねぇんだって。ちょっと先祖が知り合い同士ってだけで絡まれてるだけなの」

「その割には今日もまた一緒に肩を並べて登校したらしいじゃねぇかよ。先祖に捧げる供物の相談でもしたのか?」

「またそういう皮肉な物言いを……。とにかく、知り合いがいなくて頼れる人がいないから俺が面倒見てるだけなんだって。いい加減、それぐらいは勘弁しろよお前らも」

「ほぉー、ただの知り合い同士が仲良く腕を組んで登校するのか?」


 ぐっ……と紋次郎は反論に詰まった。そう、今朝はやけにエレーナの機嫌がよく、途中からずっと紋次郎の腕を取り、離してくれなかったのである。


 タダでさえ目立つエレーナと紋次郎はお陰で注目を集めまくり、反対に多くの嫉妬も買うことになってしまった。


「そりゃ……エレーナさんはほら、外国人だから。そういうところフランクなんだろ。別に俺が好きとか気に入ってるからそんなことしたわけじゃねぇんだよ」

「よし、下手人はこう言ってる。みんな。これは有罪か無罪か? それぞれに意見を述べてくれ」


 藤村巽がそう言うと、周りで腕を組んでいる殺気立った表情の連中が次々に口を開いた。


「有罪」

「有罪」

「有罪」

「弁護人は死刑を求刑」

「有罪」

「全員有罪じゃね―か! 何だよ弁護人が死刑を求刑って!! 弁護しろよ弁護人!」


 紋次郎は盛大に慌てて喚いた。喚けども喚けども、クラスメイトの視線は奇妙なほどに冷淡であった。


 エレーナが転校してきて半月、今も刻一刻と校内に数を増しているという「エレーナさんファンクラブ」、その中枢であるこいつらメンバーの裁定は絶対で、このままだと紋次郎は頭から海に放り込まれかねない。


 ただ毎日一緒に登校していると言うだけでこの騒ぎ――紋次郎はほとほと嫌気が差してきた。


「あら、あなたたち」


 と、突然――背後から天使の囀りが聞こえ、居並んだ紋次郎以外の男子の肩がビクッと跳ね上がった。


「え、エレーナさん……!?」

「今日も朝から随分楽しいお話をしているようね。私の名前が何度か聞こえてきたと思ったのだけれど――私がなにかしてしまったのかしら」


 ニコニコ、と音が聞こえてきそうなほど、エレーナはにこやかだった。そしてその表情に似合わず、出てくる声の気温が全く氷点下であることが不気味だった。


 いつぞやと同じく、今から紋次郎を袋叩きにしかねないアフリカのスラムの空気は、一瞬でシベリアの猛吹雪に変化した。ファンクラブ連中が俯いたり、顔を強張らせたりしているのを眺め渡してから、ほぅ、とエレーナはため息を吐いた。


「あなたたち、毎日こうしてモンジロー君の周りに集まってるけれど、モンジロー君は本当に人気者なのね。モンジロー君は人気者、メモメモ、っと……」


 そこでわざとらしくエレーナが制服のポケットから小さなノートを取り出し、何事かサラサラと書きつけるのを見て、ファンクラブ連中がぎょっと目を瞠った。


「え、エレーナさん、んな、何そのノート!? 何を書いてるの!?」

「あぁこれ? モンジロー君に関するあらゆる情報をメモしてるノートだけど」


 あっけらかんと言ったエレーナに、藤村巽がますます驚いたようだった。


「な、なんでそんなノート作ってるの――!?」

「あら、いけないかしら? 私はモンジロー君のことに関してなら何でも知りたいと思ってるのよ。それこそ食の好みから好きな女の子のタイプまで、あらゆることをね」


 その一言に、紋次郎は顔を歪めた。ファンクラブ連中はその返答に恐怖したかのように顔をひきつらせ、紋次郎とエレーナを交互に見た後……一人、また一人と肩を落として解散していった。


 そして全員が解散した後、エレーナはニヤリと笑って紋次郎を見つめ、藤村巽の席にスラリと足を組んで座った。


「……なんだか物凄くわざとらしい行動じゃない、それ? 知りたいのは俺の情報というより、俺の弱点だろ?」

「あら、好みや嗜好がわからなければ逆に弱点もわからないと思うけど? それにあなたの異性に対する趣味嗜好を知っておくことは重要なことだわ」

「なんで? 俺がロシアに歯向かいそうな時はハニートラップでも仕掛けるつもりか?」

「まぁ――そんなところね」


 エレーナはジャック・ニコルソンのような表情とともに、不気味に微笑んだ。


「まぁ、あなたの好みの女の子はあのKoto☆とかいう子なのは明らかだけど……もっと詳細にデータがほしいわね。好みの身長、体重、肌の色、可愛い系か美人系か、胸は大きい方がいいのか小さい方がいいのか……」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って――!」


 紋次郎はエレーナが言おうとする言葉を遮って制した。


「エレーナさんってさ、何?! ロシア政府の重要人物かなんかなの!? 一般民衆なんじゃないの!? なんで個人で俺にハニートラップ仕掛けようとするの!? そういうのってほら、なんか諜報組織とかがやることじゃないの!?」

「もちろん私は政府とは何も関係ない一般民衆だけど、私の家は多少ビジネスもしてるから顔は利くはずよ。それに政府系組織は図体の大きさ的に色々と機動力の面で難がある。いざとなったら個人でやるのが手っ取り早いじゃない」

「諜報組織の機動力に文句つけちゃったよこの人! それに何!? 政府に顔が利くって何!? 将来的に利かせるつもりなの!? 俺は将来どこの誰に睨まれる羽目になるの!?」

「お黙りなさいモンジロー。これは私の祖国に対する私なりの献身なのよ。その時が来るまでは私に黙って調査されなさい」


 無茶苦茶な理由とともに何事かをまたノートに書きつけ、エレーナはノートを制服のポケットに戻し、何だか失望したというように組んだ足の上で頬杖をついた。


「はーあ、それにしてもあなたの好みの異性があんな小さくて可愛い系の子なんてね。少しガッカリ。小さい子好きなのね、あなた」

「だ、だから、俺にとってKoto☆は愛する対象であって恋する対象では……」

「だって、ツインテール好きなのは明らかでしょ。学内でツインテール見かけると目で追ってるし」


 はっ――!? と、紋次郎は息を呑んだ。


「ど、どうしてそれを……?」

「見てりゃわかるわよ。スケベに鼻の下伸ばしちゃって、このツインテールフェチ男」


 エレーナが半目で睨んできて、紋次郎は気まずく視線を逸した。そう、紋次郎はツインテール大好き男である。Koto☆と同じ髪型であると思うだけでついつい胸が高鳴り、そちらに目が行ってしまうのだ。


 しばらくの間、視線を逸していた紋次郎に――「ねぇ」という声が掛けられ、紋次郎は正面を見た。




 そこでは――エレーナが長い髪を両手で掴み、耳の高さで持ち上げていた。


「ほ、ほら、私もツインテール……」


 そう言って、ニコッ、とエレーナは気恥ずかしそうに微笑んだ。




 そのツインテール姿と「ニコッ」に――紋次郎の頭が急速沸騰した。何か言おうとした途端、何かの汁が気管に入り込み、ブフォ! と紋次郎は盛大にむせた。


「えぇ――!? ちょ、大丈夫モンジロー!? そ、そんなに似合わなかった!?」

「なんで――!? なんでそんな可愛いことを不意打ちですんの!? エレーナさんは一体俺をどうしたいの!? 今ここで殺す気!?」

「か、可愛いって――!」


 エレーナの顔がぼわぁと赤面した。


「か、か、可愛いって何よ!? こんなもんちょっとした戯れじゃない! んな、何よ可愛いって!?」

「滅茶苦茶可愛いだろうが! あのなエレーナさん、アンタは少し自分の容姿について自覚してくれ! アンタみたいな天使か妖精かわかんない人が『ツインテール』なんてやったら大概の男はボッコボコだわ! やめろそういう不意打ちは! 俺を殺るつもりならせめて正々堂々と真正面から来てくれ! そういう暗殺行為は禁止だ!」


 紋次郎が大声で喚き、その言葉の内容に思わずエレーナが押し黙ってしまった、その瞬間だった。クスクス……という女子のものの笑い声が聞こえて、紋次郎とエレーナは同時に周囲を見つめた。


 クラスの女子が教室の脇に固まり、何だか可笑しそうにこちらを見つめていた。それはそう、公園で無邪気に走り回る幼児を見つめるママ友たちの目――可愛いものが可愛く戯れている様を見守る目つきである。


 反面――クラスの男どもの視線は、それはそれは酷いものだった。藤村巽などは阿修羅の形相でこちらを睨みつけ、その両眼からは今にも血の涙が零れ落ちそうな程である。他にも、普段は異性に興味など持っていない風を装っている男子までもが、実に鬱陶しそうにこちらを睨んでいて、幾らなんでもいたたまれなくなってきた。


 と――その時だった。


 ガラガラッ、と教室のドアが引かれる音が聞こえ、紋次郎はふとその方を見た。

 否――正しく言えば、見てしまった。


 見てしまった上に――その人とバッチリ、目が合ってしまった。



◆◆◆



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