第13話担任教師指導戦
「さて――人払いも済んだところで。朝の流血事件の真相を聞こうか」
本日二回目となる、無人の視聴覚室である。堀山先生は部屋の壁に背中を預け、腕組みしながら紋次郎を睨みつけた。
「さぁ、吐け」
恐ろしく簡潔に、堀山先生はそう命令した。
紋次郎は覚悟を決めて口を開いた。
「朝の登校中に、エレーナさんと会ったんです」
「ほほう、偶然に、か?」
「偶然です。ほら、最近アコギな強姦魔が出てるって話でしょ? エレーナさん、その強姦魔に乱暴されかかってたんです。チンピラの片方はナイフを持ってて、エレーナさんは殴られてて、今にもマワされそうな雰囲気になってました」
「ほう」
かなりショッキングな内容の白状だったはずなのに、堀山先生の表情はピクリとも変化しない。いつものことなのだ、この程度のことは。
「俺はなんとか平穏無事に治めようと思ったんですが、チンピラの一人が殴りかかってこようとしたんです。そういうわけで、俺は――」
「どうした? どうせ朝っぱらから得物持ちでか弱い婦女を暴行しようとする外道だ、君が容赦したとは思えん。どうだ、鼻は潰してやったか? 腕はへし折ってやったか? キンタマもぎ取ってやったか?」
「あ~……キンタマは忘れてました。すみません」
「何やってんだよ」
チッ、と堀山先生は舌打ちした。すみません、と紋次郎はもう一回謝罪した。
「そしたら、もう一人がナイフで襲いかかってきたんです。頬にナイフを突きつけられたんで、そこでもうなんか面倒くさくなっちゃって」
「どうした?」
「自分から刺されに行きました。そんで、奥歯でナイフの歯を噛んでへし折りました。その後、ブロック塀に向かってぶん投げてやりました」
「おお、派手にやったな。偉いじゃないか」
物凄くどえらい内容の告白なのに、堀山先生は逆に紋次郎を褒めた。ありがとうございます、と礼を述べると、堀山先生が何度か頷いた。
「そういうことか。まぁ君のことだから理由なく出血するとは思ってなかったが、人助けの結果ということなら仕方ない」
堀山先生は涼しい声で言った。
「まぁぶっちゃけな、君が警察に通報したせいで、事件の被害者がエレーナであったことはわかっていたんだ。大体の事情も事前連絡で把握していた。現場から立ち去ったという謎のヒーローは十中八九君であったのだろうという答え合わせのためにここに呼んだんだ。何しろ、大の大人二人をあっという間にノして、しかも掴んで投げ飛ばすなんてことが出来る人間は、この界隈には君と君の妹しかおらんだろうからな」
そこで何故なのか、堀山先生はニヤリと笑った。
「心配するな、君がノした強姦魔二人は現在無事に集中治療室のお世話になってるらしい。それに色々と前科も
ありがとうございます、と紋次郎は頭を下げた。よせよ、と堀山先生は照れたように笑った。
そこで堀山先生は白衣の胸ポケットからメビウスのゴールドを取り出し、一本咥えた。
「しかし――朝のアレは一体なんだったんだ? 君とエレーナ、単に助けた側と助けられた側ってだけの関係ではなさそうだったが」
カチリ、という百円ライターが渋い音を立て、堀山先生が煙を吐き出した。この火消し・分煙が当たり前の社会の常識など、この人は一切無視して生きているし、そうやって生きていられる人なのだ。
「あの時、エレーナは君のことを……そうだ、不死身の船坂とかなんとかと呼んでいたな、どういうことだ?」
「あぁ……」
紋次郎はそこで少し頭の中に内容をまとめ、話し始めた。
「先生は俺の実家のこと、知ってますよね? 床の間に軍刀あるでしょ?」
「ああ、君の家で一番偉そうにしてるあの軍刀か。あれがどうかしたか?」
「あれって、俺の曽祖父の父さんが日露戦争のときにもらったヤツなんです。よくわかんないですけど、エレーナさんの実家は戦争の時に俺の先祖の宿敵だったらしいんです」
は――と、この涼し気な美女には珍しく、堀山先生は完全に予想外だという声を発した。わかります、と紋次郎は心の中で堀山先生に賛同した。
「エレーナさんは日本に、不死身の船坂……それが曾祖父ちゃんの父さんのあだ名だったらしいんですけど、その不死身の船坂の子孫を探しに来たんだそうです。そしたらそれが俺だったんです。だから朝は滅茶苦茶テンションが高かったんじゃないですかね」
紋次郎が説明すると、なるほどなぁ、と堀山先生は咥えタバコで頷いた。
「そういや聞いたことがあるな。君の先祖はそれはそれは恐ろしい男だったと。まぁ、恐ろしいといえばあちらさんの執念も恐ろしいがな。百二十年も前の因縁を忘れていないなんて……」
堀山先生の言うことは、その通りだと紋次郎も思う。負けた方というのは勝った方への屈辱を忘れないものなのかもしれない。
そんなことを思っていると、堀山先生が可笑しそうに笑った。
「だが、それが現代ではクラスメイトで、しかも危ないところを助けてくれた恩人とは。朝のことで、エレーナのお前に対する印象は大きく変わったかもしれないな」
「いや、それが……今度は別の理由で失望させちゃってて」
「うん?」
堀山先生がタバコを指に挟んだまま、目頭を親指で押さえた。
「俺ってホラ、『La☆La☆Age』のファンでしょ? 昼間にテレビに映ったんで学食で騒いでたら、エレーナさんが何だか怒っちゃって」
「まさか、いつものアレをやったのか? エレーナの前で?」
「やりました……でも俺の意思じゃないんです。あれは身体が勝手に……!」
「馬鹿な事を言うな。それで、エレーナはなんて言って怒ったんだ?」
だんだん、会話の内容が教師と生徒の会話ではなくなってきているが、いつものことだった。紋次郎はきまりの悪い表情で頭を掻いた。
「それが――エレーナさんがKoto☆のこと好きなのか、って聞いてきたから、そりゃもう世界で一番可愛いと思う、って答えたら、二回蹴られました」
「こう、格闘技みたいに、胴をか?」
「いや、足をローキックで二回。その後、その子のことが好きならずっと踊ってろって捨て台詞吐かれて……」
「ははぁ」
「やっぱり、マズかったですよね。宿敵の子孫が気色悪いドルオタなんて。エレーナさん、凄く失望したと思うんです。だからその後はずっとテンション低い感じで、目も合わせてくれなくて……」
紋次郎がボソボソと己の失策を嘆いた、その途端だった。堀山先生がおもむろにポケットから缶の携帯灰皿を取り出し、そこに吸い殻を押し付けた。
灰皿を再びポケットにしまってから――やおら堀山先生が紋次郎の頭を両腕でがっしりとホールドし、ぐいぐいと力を込めて引きずり回し始めた。
「えっ――!? あ、あだだだだ!! せ、先生……!?」
「なぁーにが『先生』、だ、この唐変木め! 流石はあの筋肉ダメ親父の息子だな、お前は!」
「な、何よ突然……!? ちょ、あ、茜姉ちゃん、痛い痛い……!」
「やかましい、多少の痛みぐらい我慢しろ! ったく、これだから男という生き物は――! 特にどうして船坂家の男どもはことごとく、例外もなく、そうガサツで鈍感に育つんだ、紋次郎!」
「ちょ、や、やめてよ! どうしたの急に!? 急に先生じゃなくなってんじゃん――!」
茜姉ちゃん――そう、今しがた紋次郎が言った通り、この堀山茜の母親の旧姓は船坂。
この堀山茜という、謎の多い美人教師は――実は紋次郎のいとこでもあるのである。
◆◆◆
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