第12話紋次郎煩悶戦
エレーナさん、あれから一体どうしてしまったんだろう……。
六時限目の理科が終わってから、紋次郎は机の上のノートや教科書類を片付けながら、斜向かいの席に座ったエレーナの背中を見つめた。
ギリギリこちらからでもその美しい横顔が見えるが、ようやく宿敵と再会できたと喜んでいた朝とは正反対に、何だかテンションが低い。
それどころか、何だかエレーナの周囲にだけ暗雲が立ち込めて、その頭の上に常に霖雨が降り注いでいるかのように、どんよりと周囲の空気が淀んでいる気さえする。
隣にとんでもない美人が座ることになって喜んでいたはずの男子学生でさえ、何だか落ち込んでいる様子のエレーナに少し戸惑い気味に見える。
授業後などの空き時間、たまにエレーナと目があったりもしたのだが、フン、というような鼻息とともに視線をそらされてしまう。
だがその後、エレーナは急に萎んだようになり、肩を落として俯いてしまうのだった。
怒っているのか落ち込んでいるのか皆目わからないその反応に、紋次郎の悶々とした気持ちはますます深まった。
最初は慣れない日本語でなされる授業に疲れているのかと思っていたが、その理由はともかく、エレーナはどう考えても日本語にそれほど不自由しているとは思えない。
ならば、やはり――紋次郎はエレーナのテンションが急落した、昼の出来事を思い出した。
あの時は愛しのKoto☆のことで頭が一杯で何も考えてはいなかったが、どう考えてもあの時の直後、エレーナはなにか物凄く落胆したような表情をしていたし、あの後は無言で教室に帰ってしまった。
ならばやはり、あまりにも気色悪いコールやヲタ芸を見せたことでドン引きさせてしまったのだろうか――可能性としてはこれが一番高いだろう、と紋次郎は考えた。
曲がりなりにも、エレーナは紋次郎の先祖である「不死身の船坂」を一族の宿敵として、憧憬に近い思いを抱いていたはずである。
その子孫である紋次郎が、あまりにも軟弱で気色悪いアイドルオタクだと知ったら――エレーナはどう思うだろうか。
あぁ、こんなヤツにウチの先祖は負けたのか、と情けなくなること請け合いではないだろうか。
こんなヤツを今まで宿敵として付け狙っていたのか、と自己嫌悪の念に苛まれることになって当たり前ではないだろうか。
そう考えると、流石に紋次郎も昼の大騒ぎを反省する気になった。別に自分ではいつものことなので全く考えていなかったが、エレーナはそのせいで落ち込んでいるのだ。間違いない。
だが――それをどうやって謝るべきだろうか。
気色悪くてごめん、などと正面切ってエレーナに謝罪するのも何だか違う気がする。というか、その謝罪自体が既に気色悪い気がする。
ならば――どうしよう。どうすればエレーナは紋次郎がしてしまったことを許してくれるだろうか。
どうすれば「不死身の船坂」の子孫である紋次郎が、今は気色悪いアイドルオタクでしかない事実を受け入れてくれるだろうか。
そんなもの、別に許す許さないの由がエレーナにあることでもないのに――紋次郎は真剣に困ってしまった。
「おい、船坂紋次郎。帰り支度が終わったらちょっと先生のところに来い」
と、その時――担任の堀山茜先生の声がして、紋次郎は顔を上げた。
この人には滅多にない、生徒の呼び出しである。うぇ? と思わず妙な声を上げると、白衣姿の堀山先生は呆れたような表情で言った。
「馬鹿者、何だその表情は。朝はカマイタチで納得したフリをしてやったがな、それで誤魔化し通せると思ったか。担任として委細を聞かねばならん。――そら、一緒について来い」
その言葉に、クスクス……と教室中から忍び笑いが聞こえた。思わず居心地が悪い気分になってしまった紋次郎にも構わず、堀山先生はシミひとつない白衣姿のまま、颯爽とどこかへと歩いてゆく。
これは――紋次郎は何かを察した。
これは明らかに、茜姉ちゃんに怒られるパターンだ。
ちょっと緊張しながら、紋次郎はスクールバッグを机の上に置き、堀山先生の後を追った。
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