第14話女心指導戦

 堀山先生、いや、堀山茜は、ヘッドロックしたままの紋次郎の耳元に囁いた。


「紋次郎、お前な。女には『嫉妬』という感情があるのを知ってるか?」


 嫉妬――? 目だけで堀山茜の目を見ると、堀山茜は呆れ顔で説明した。


「お前な、エレーナにとって不死身の船坂、そしてその血を受け継ぐお前のことは、単に不倶戴天の敵同士であるってだけだと思うのか? 違うだろう。はるばる日本まで、しかもたった一人で探しに来るレベルだぞ。単なる祖先の恨みつらみを晴らすことが目的なら、お前はもうとっくにエレーナに刺されてるに決まってるだろうが」


 堀山茜の言うことは、紋次郎にはよくわからなかった。よくわかんないよ、の意思を込めて堀山茜を見つめると、堀山茜はなおも言った。


「しかも朝にはお前に危ないところを助けてもらった。いくら宿敵の子孫であっても何も感じん訳がないだろうが。おそらくそれなり以上に感謝もしてるし、少なからず好意も抱いたはずだ」


 好意――その言葉に、今更ながらに紋次郎の心臓がドキリと跳ねた。思わず押し黙ってしまった紋次郎の顔を面白そうに眺めて、堀山茜は毒を流し込むかのように、更に耳元に口を寄せた。




「その、エレーナにとって複数の意味で憧れの男がだ――黒髪で小さくて、物凄く愛らしい顔立ちの、しかも不特定多数の男から好意を寄せられているアイドル女を、世界で一番可愛い女だと言ったんだ。わざわざその娘のことが好きか? と念押しして聞いてきたぐらいだ。おそらく相当ガッカリしたに違いないぞ。――ああ、可哀想なエレーナ。胸に秘めたる儚き想いはお前の心無い一言によって完全に破壊されてしまった」




 その言葉に、紋次郎ははっとして反論した。




「あ、いや、だって俺にとってKoto☆は――!」

「だって知らんだろ、エレーナは。そのことを」




 そのこと。その言葉に、紋次郎は更にはっとした。




 そうだ、知らないのだ。エレーナはKoto☆と紋次郎がどのような関係なのかを全く知らない。それを知らなければ、紋次郎がKoto☆を「愛してる」という言葉の意味も――当然、言葉の通りに受け取ってしまうのだ。


 あー……と紋次郎が納得とも後悔とも言える声を発すると、ようやく堀山茜のヘッドロックが緩んだ。


「まぁ、少なくとも私はエレーナがお前に失望したんだとは思わん。おそらく、ガッカリしたんだ。何しろKoto☆とエレーナは何もかも正反対だし、お前の話を聞いてる限りでは性格や性向も正反対らしいからな――」


 そういうことか。いや――そういうことなのかもしれない。


 堀山茜は腕を組み、少し落ち込んでいる紋次郎を見下ろした。


「そう落ち込むな。思えば単なるボタンの掛け違いだ、まだまだ誤解を解く機会はある。何しろクラスメイトだからな。私はお前らの仲を応援するぞ? もちろん、教師としてではなく、人生経験豊富ないとこのお姉ちゃんとしてな?」

「ね、姉ちゃん――!」

「おーおー真っ赤になっちゃって。なかなか貴重な光景だな」


 思わずぶうっとふくれっ面になった紋次郎をケラケラと笑ってから、堀山茜はそこで急に声のトーンを落とした。


「まぁ、いいと思うぞ。百年前は不倶戴天の敵同士、それがいまやクラスメイト、その上何か間違えば恋仲の男女。素敵な話じゃないか。人間にとって一番尊いものは和解の力だって、いつぞやどっかの偉い人が言ってたしな――」


 和解。その言葉が、何だか紋次郎の心に染み渡った。


 そう、和解。百年前はお互い血で血を洗う戦争を繰り広げたはずの日露両国は、今も色々な問題はあれど、基本的に刃を向け合ってはいない。行き来も自由だし、何なら住むことだって出来る。この百年の間に、両国関係は曲がりなりにも平静と平和とを取り戻しているのだ。


 それを考えるなら――紋次郎とエレーナが抱えてしまった齟齬など、なんでもないレベルの問題なのかもしれなかった。


 紋次郎はため息をついた。


「さぁ、終わったことはもういい。明日からエレーナにどう誤解だと伝えるのか、それを考えなさい。何しろ時間はたっぷりある。焦る必要はないさ。……さぁ、話は終わりだ。帰りなさい」


 うん、と、紋次郎も素直に頷いた。堀山茜は涼しげに微笑むと、紋次郎の背中をそっと押した。それに促されて、紋次郎は視聴覚室を出ようとした。


「あ、それとな」


 堀山茜が何かを思い出したかのように口を開いた。


「お前、今からアパートに帰るんだろう? お前の部屋は202号室だったな?」

「そうだけど……」

「帰ったらたまげるかもしれんぞ。その覚悟はしておけ。――私からはそれだけだ」

「え――何? 何かあるの? 教えてよ、茜姉ちゃん」

「それは帰ってからのおたのしみということにしておこう。これも数奇な人生のめぐり合わせというものだ。それに感謝するも驚くのもいい経験になる。私が摘み取ってしまうことはない」


 意味深な言葉とともに、堀山茜は再びメビウスゴールドを取り出し、一本咥えて紫煙を吐き出した。


 なんだかよくわからない言葉を最後に受け取ったなぁと思いつつ、紋次郎は視聴覚室を出ていった。



◆◆◆



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