第5話因縁発覚戦
紋次郎の曽祖父の父――船坂佐吉は、元々は戦争さえなければ零細農家の次男坊として、倹しい一生を送っていたはずの人物だったという。
だが船坂佐吉は徴兵されるなり、瞬く間に戦士としての頭角を現し、当時激化の一途を辿っていた日露戦争の、その最前線に送られたという。
決して帰れる見込みのない、血で血を洗う激戦――その最中に於いても、船坂佐吉は常軌を逸して凶暴で、その上強靭だった。
銃撃戦はもとより、肉弾戦や格闘戦で数多のロシア兵を屠り、ときには素手で敵兵の首をねじ切ったことすらあったという。
何度銃弾を受けて倒れてもその度に立ち上がり、雄叫びを上げて敵陣へ単騎突入を繰り返しては、銃剣を振り回して暴れ狂い、爆弾でロシア兵のトーチカを爆破し、多くの日本兵を敵弾から救った。
船坂佐吉は遠い大陸の地で徹底的に暴れ回った。まるで狂犬のように敵兵に噛みつき、殴りかかり、投げ飛ばし、組み伏せて倒し、殺して殺して殺し尽くした。
何度も何度も生還の見込みのない重症を負っても、常人離れした回復力で明くる日には立ち上がって出撃することを繰り返し、噂では一度死んでから蘇生したことすらあったという。
どんな激戦からも生きて帰り、まるで不死身の怪物のように暴れまわる紋次郎の曾祖父の父――船坂佐吉を、いつしか周囲の兵士たちはこう呼ぶようになっていたという――『不死身の船坂』と。
結果、船坂佐吉は激戦の集大成であった二〇三高地攻略の最大の功労者と讃えられ、傷だらけになりながらも日本に生還した。
数々の勲章、年金としての多額のカネ、そして武功抜群で賜ったという恩賜の軍刀をぶら下げて、曾祖父の父は英雄として故郷に帰ってきた。そしてその年金と名声を元手に土地を買い、今では船坂家はそこそこ大きな農家をやれているのだ。
そしていまだに船坂佐吉が賜った恩賜の軍刀は船坂家の家宝であり、戦後のGHQの手入れからも免れ、今も実家の床の間にデーンと偉そうに飾られているのである。
なんとなくではあるが――紋次郎はエレーナが言いたいことを察してしまった。
「ようやく飲み込めたようね?」と言ったエレーナの表情は、恐ろしいほどに真剣であった。
「そう、あなたの先祖――『不死身の船坂』、かつてのニチロセンソーにおいて、英雄であるあなたの先祖と、ロシア軍の将として戦ったのが、私の高祖父――セルゲイ・ポポロフ伯爵だった」
そういう、ことか。
紋次郎はようやく、この美少女の言うことの全てを理解した。
「結果、我が高祖父が率いたロシア軍は、あなた方ヤポーニャの軍の前に敗北した。それは歴史的な事実よ。そして私の高祖父であるセルゲイ・ポポロフは『不死身の船坂』によって敗軍の将の烙印を捺され、失意と無念のうちにこの世を去った――」
そこまで語り終えたエレーナは、そこで真っ直ぐに紋次郎を睨みつけた。
「つまり――あなたの先祖と私の高祖父は、不倶戴天の敵同士だった、ってワケよ」
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