第4話宿敵、見ゆ。

「ようやく会えたわね――! 不死身の、不死身の船坂ッ!!」




 無人の視聴覚室の中に連行された紋次郎に向かい、エレーナは興奮した口調でそう言った。


 紋次郎はそろそろ塞がりかけて痒くなってきている頬の傷をボリボリと掻きながら、わけがわからんと首を傾げた。




「ここで会ったが百二十年目! あなたには言ってやりたいことやしてやりたいことが山積みなんだからね! ようやく、ようやく再会できたわね……! さぁ、あなただって私の方に言ってやりたいことややってやりたいことがあるでしょう!? 聞いたげるから言ってみなさいよ! あんまり酷い内容で泣きそうになる言葉以外は聞いてあげるから! 感謝しなさいッ!!」




 ここまで意味不明で一方的な言葉を吐かれるの、人生で初めてだなぁ――。

 紋次郎がそんなことをぼんやりと考えていると――不意に、大天使エレーナの表情が曇った。




「ねぇ――ちょっと」

「はい?」

「何よその顔。因縁の再会じゃない。さっきから思ってたんだけど、もう少しキリッとした表情しなさいよ。拍子抜けするじゃないの」

「再会って……朝に一回出会ってるじゃん」

「アレはナシよ。お互いに氏素性知らなかったし」

「いや、そんな事言われても俺、今も君の氏素性知らないんだけど……」




 そこで紋次郎は動いた。一歩、偉そうに肘を抱いて立っているエレーナに向かい、ぐい、と顔を近づけ、その整いすぎた顔を覗き込んだ。


 ちょっとだけ放心した表情になった後――途端に、エレーナの顔が赤面し、うわっと悲鳴を上げてエレーナが仰け反った。




「な――!?」

「うーん、誰だったかなぁ」

「な、なななな、何よ突然……!? ちょ、ちょっと、近い近い!」

「うーん、こんな美人な人、いっぺん見たら忘れないと思うんだけどなぁ」

「ちょ……! ちょちょちょ! 近いって! 離れてよっ!」




 どん、と両手で胸を押され、紋次郎は一歩下がった。




「ごめん、えっと……エレーナさん、だったよな? やっぱり覚えてないわ」

「は?」

「ごめんな、俺、人の顔と名前が一致しないタイプらしいんだわ。今朝以外でエレーナさんと出会ってたならごめん。俺、エレーナさんのこともエレーナさんにしたことも覚えてないっぽいんだ」




 そう言うと、エレーナの顔がポカンと音を立てそうなほど、ポカンとした。




「え――? もしかしてあなた、私と以前出会ったことがあると思ってるの?」

「えっ、違うの?」

「そ、そんなわけないでしょ! さっきヤポーニャには初めて来たっていったじゃない! 出会ったことがあるわけないわよ!」

「だって、さっき因縁の再会だって――」

「ああ、もう……ここまでイチから説明してやんないとわかんないわけ?」




 エレーナは右手で顔を覆い、野太いため息をついた。




「でもまぁ、あなたが私個人のことを知らないのは仕方のないことだし、このままだと詳しい話が出来ない。――仕方ないわね、甚だ不本意だけど、特別に私の正体を教えて上げるから有り難く思いなさい」

「は、はぁ――」




 そこで大天使エレーナは銀色の髪を額からぐわっとかき上げ、腕を組んで背筋を伸ばし、日本全土の土地を買い占めたかのようなドヤ顔で宣言した。




「私の名前はエレーナ・ポポロフ! かの帝政ロシアが誇りし超武闘派貴族・ポポロフ伯爵家の末裔――人呼んで、『ロマノフの帝剣』!」




 ズバッ、と、まるで剣の鋒を付きつけるかのように、大天使――否、エレーナは紋次郎を指さした。




「どう!? いくらあなたでもこの名前には聞き覚えがあるでしょうがッ!!」




 数秒、間があった。なんだか居心地の悪いような空気を感じながら――紋次郎は遂に理解を諦めた。




「あの、エレーナさん」

「あによ? 私たちのことを思い出したの?」

「あの、ごめんなさい。全然わかんない」

「は?」

「え、何? ポポロフ? 伯爵家? えっ、エレーナさんって貴族なんですか?」

「時代が時代ならの話よ」

「今は違う?」

「うっ、うるさいわね! ロマノフ朝があんなことにならなけりゃ今も立派に伯爵令嬢よ! それに今もちゃんと家はビジネスの世界でそこそこ成功してんの! それだから留学も出来たんじゃない! 次そこにツッコんだらビンタするから!」

「あの、ますますわけがわからないんですけど」




 きっと今俺の頭の上には十五個ぐらい「?」が乱舞しているだろうな、などと紋次郎は他人事のように考えた。


 だが、記憶している限りでは、紋次郎にロシア人の親戚はいない。人生で外国人と親しく付き合ったこともない。眼の前の美少女は紋次郎にとってはまさに「知らない人」でしかなかった。




「俺、ロシアに親戚とかいないんですけど――もしかして俺たちって遠縁だったりしますか?」

「んなわけないじゃない! だぁーれがヤボンスキの下賤な一般民衆と親戚なんかになんのよ! それに私たちは宿敵だって言ってるじゃない! 敵よ、敵!!」

「その宿敵っていうのがもうわかんないんですけど。ていうか接点あります?」

「あぁーもう、察しの悪い男ね! あるでしょ接点!」




 エレーナは大変ムカついた様子で大声を発した。




「ルースカ・ヤポーンスカヤ・ヴァイナーよ!」




 ルースカ・ヤポンスカ……何?




「えっ、今なんて?」

「だからルースカ……あぁーもう、日本語の読みがわかんないわ! このままだと埒が明かないわね! キィーッ!!」




 エレーナはヒンヒンキーキーと、一人で勝手に盛り上がっている。


 そのさまを黙って見ているしかない紋次郎を、エレーナはキッと睨みつけた。




「もう――ここまで話が通じないとは思わなかった……! そっちはもう完ッ全に私たちのことを忘れてるようね! 私は……私たちはずっと百二十年間も、あなたたちにされたことを忘れてなかったのに……!」

「ひゃ、百二十年!?」




 紋次郎は素っ頓狂な声を発した。




「俺、百年以上も前のことなんて知らないよ! 十七歳ッスよ!? 百二十年も前に俺が何したってんですか!?」




 紋次郎が問うと、ハァ、と呆れたようにエレーナはため息をついた。




「当たり前じゃない、私が言ってるのはあなたのことじゃない。詳しく言えば、あなたの先祖がしたことについてよ」

「せ、先祖――? その人がしたって、何を?」




 紋次郎が問うと、エレーナはスマホを取り出し、何かポチポチと操作してから――ずい、と画面を見せつけた。




「これがルースカ・ヤポンスカヤ・ヴァイナーよ」




 画面を見せられた紋次郎は――驚いて目を丸くした。


 そこにあったのはウィキペディアの日本語版の記事で――白黒の写真が幾つも並んでいる記事の見出しには、『日露戦争』、とあった。




「日露戦争……?」

「そう、その通り。ニチロセンソー。これでやっとわかったかしら、フナサカ・モンジロー?」




 紋次郎を睨みつけるエレーナの目が光った。




「あなたの先祖の名前はフナサカ・サキチ……ルースカ・ヤポンスカヤ・ヴァイナー、ニチロセンソーに於いて数々の戦功を挙げ、『不死身の船坂』と呼ばれた偉大なる戦士だった――そうよね?」




 そう言われて、紋次郎はやっと事態を把握した。


 そう、エレーナの言う、その通り。

 

 紋次郎自身も、父や祖父、そして今は亡くなってしまった曽祖父から、その話を何度も聞いていた。




 船坂紋次郎の先祖、曽祖父の父――船坂佐吉は、かつて日露戦争の英雄と謳われた男なのだった。



◆◆◆



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