第3話転校生遭遇戦
「船坂紋次郎。君なぁ、幾らなんでもそんな血だらけで学校来るなよ。朝から心臓が止まるかと思ったぞ――」
担任の堀山茜先生は、血だらけのワイシャツを脱ぎ、上半身だけジャージになった紋次郎を見て、呆れたように言った。紋次郎が思わず照れて頭を掻くと、教室中の人間がゲラゲラと笑い声を上げた。
「いや、すんません……遅刻しそうだったもんで」
「そんな血だらけで登校するぐらいなら遠慮なく遅刻してくれ。私が怒られるだろうが。それで何だ? どうしてそんな出血した?」
「それは――ちょっとカマイタチに遭いまして。妖怪ってホントいるんですね。凄かった」
「ほほう、カマイタチ見たのか。その鎌でザックリ、ってことか?」
「はい。凄く痛かったです」
「その割にはもうかさぶたになってるじゃないか。君はアレか? 白米にボンドでも混ぜて食ってるのか?」
その一言に、教室中が再びワッと笑った。その言葉に、紋次郎はボリボリと傷口を指で掻いた。
堀山先生の指摘は嘘でもなんでもない。確かに、一度はナイフが貫通した紋次郎の頬だが、今はもう出血も止まり、かさぶたが出来ている。このまま二日もすれば傷口は縫合することもなく塞がり、痕も残るまい。
教室中の笑い声が治まった辺りで、堀山先生が今度は本当に心配そうに紋次郎を見た。
「君はそうは思わないかもしれんがな、それ、普通なら病院で縫ってもらう傷だぞ。いくら君が特異体質だからと言って、行き過ぎて自分を軽んじるのはやめろ。身体が資本って言葉は本当だ。いい歳過ぎたら無理は利かん。あんまり若さと体質で無理重ねるんじゃないぞ」
「は、はい、気をつけます……」
「ったく、授業終わったら保健室行って来い。絆創膏ぐらい貼り付けておかないと怪我したことにもならんだろうが」
そう言って、堀山先生はゴホン、と意味深に咳払いをした。
「さて、船坂のアホのせいで随分と時間をロスしてしまったが――お待ちかね、昼になってやっと転校生の紹介だ」
その言葉に、フワーォ、というような声が、主に男子連中から上がった。
そう、転校生。その話題でこの教室は一週間前から持ちきりだったのである。しかも事前の情報によれば、外国からの留学生であるというし、とどめに、女子。
転校生などという滅多にない大イベントに加え、留学生で、女子。男子連中が興奮しているのを何故なのか満足そうに見つめながら、堀山先生は大きな声で言った。
「実は今日、彼女はちょっとしたトラブルがあって、朝のHRには間に合わなかった。そのため、私が授業を受け持つ世界史の時間の紹介となってしまった。仲良くしてやってくれ」
朝にトラブル? どうしたのだろう、寝坊でもしたのだろうか。
紋次郎がそんな締まらないことを考えていると、堀山先生が大きな声で言った。
「さぁ、エレーナ、入ってきなさい」
エレーナ、それが転校生の名前――。
教室のドアが開いて――転校生が入ってきた。
途端に、教室の大半の連中が、はうっと息を呑んだ。
紋次郎も、感動とは別の理由で、息を呑んだ。
まず目に入ったのは、背中まで伸ばされた、どう見ても天然である銀髪だった。ブレザーの上からも全く隠れないスタイルの良さ――具体的に言えば胸の巨大さ――の印象が消えないうちに、不思議な碧色の瞳がまっすぐ前を見た。
「エレーナ・ポポロフです。今日からこの学校でお世話になります。祖国はロシア、日本に来るのは初めてです。クラスメイトとして、どうぞよろしくお願いします」
初めての日本にしては恐ろしく流暢な日本語で、美少女は簡潔にそう言った。
途端に、今まで彼女のあまりの存在感に圧倒されていた男子連中が正気に戻り、「マジかよ……」というため息混じりの声が教室の何処かから上がる。
そう、それは正しく、おとぎ話に登場するエルフ、もしくは妖精のよう。
それ自体が不思議に清廉な光を放っているかのような――それはそれは美しい、まるで作り物のような美少女であった。
教室内のどよめきが治まった辺りで――あ、と紋次郎は短く呻いた。
その「あ」に、美少女エレーナが目だけで反応し――次の瞬間、同じく、あ、と言った。
お互いにバチコーンと目を合わせて固まってしまった後――みるみる驚愕の表情になったエレーナが、思わずというように大声を上げて紋次郎を指さした。
「あ、あなた――朝の猛獣男――!!」
猛獣。
その言葉に、堀山先生が不思議そうな表情でエレーナを見る。
「ん? なんだエレーナ。船坂と知り合いなのか?」
「フナサカ!?」
その言葉に、エレーナが素っ頓狂な声を発して堀山先生を見た。その反応にびっくりしたかのように、堀山先生はちょっと仰け反った。
「先生! あの人、フナサカっていうんですか!?」
「あ、ああ……知り合いのくせに名前を知らないのか?」
堀山先生は何が何だかよくわからないという表情で答えた。
「彼の名前は船坂、船坂紋次郎だが……?」
「フナサカ、フナサカ・モンジロー……!! やっぱり、絶対そうだと思った――!!」
フナサカ、フナサカと繰り返し、エレーナは何事なのか見る見る顔を紅潮させると、ぬふーっ! と鼻から息を吐き出した。
そのまま、まごついている堀山先生に構わず、ノシノシとジャージ姿の紋次郎に歩み寄ると、ガッ! とその手を掴み、委細構わず引きずり立たせた。
「う、うお――!? 何!?」
「ちょっとあなた! やっぱりあなたが『不死身の船坂』なのね!?」
不死身の船坂。エレーナの口から飛び出たその言葉に、え? と紋次郎は目を見開いた。
エレーナは憎いものを見るような、反面、数年ぶりに再会した元恋人を見るかのような、なんとも判別がつかない目と表情で紋次郎を睨みつけた後、バッと堀山先生を振り返った。
「Учитель!」
「え?」
「じゃなかった、先生! ちょっとこの人借りてもいいですか!?」
「か、借りるって……どこへだ?」
「どこでもいいでしょう! とにかく、この人借ります! 普通に授業は始めてて結構です! すぐ戻ります!」
「え? え?」
「ほら、何やってんの! あなたもしっかり立ちなさいよッ!」
全く事態が飲み込めていないクラスメイトたち、そして堀山先生を無視して
エレーナは紋次郎の胸ぐらを両手で鷲掴みにした。
「何をビックリしたような顔してるのよ! 私たちにあんなこと散々しでかしておいて何なのよその間抜けなツラはッ!! しゃきっと立って! ホラ早くこっちに来る!!」
「ちょ――ちょ! 何よ!? 何よ突然!? 俺何かしたの!? むしろ朝は助けたじゃん!!」
そう言いながら、あ、と紋次郎は別の可能性を思いつき、咄嗟に謝罪した。
「あ――も、もしかして、朝のアレ、迷惑だった!? もしかしてアレってそういうプレイだったの!? ご、ごめん、君がそういう趣味だって知らなくてさ……!!」
「んな――!?」
途端に、ぼわぁ、とエレーナの白い肌が紅潮した。
「な――何を抜かすのよ! 私があんなところであんなドチンピラに裸に剥かれてマワされそうになってたのがそういう趣味のプレイだと思ってるの!? あなた人を何だと思ってんのよ! 幾らなんでもそんなわけないでしょうが、バカ!!」
「バカとは無礼だなこの人! ――ちょ、分かった分かった! 連行される! 大人しく連行されるから! ジャージ引っ張んないで! ちょ、ファスナー壊れる……!」
唖然呆然としているクラスの連中の一切に構わず、エレーナは華奢な肩を怒らせながら、何処かへと紋次郎を連行していった。
◆◆◆
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