第40話 天城さんちの花婿候補
「風馬颯人くん。キミを瑠璃の花婿候補にしたい」
「花婿っ!?」
「花婿っ!?」
まさかの提案に俺と瑠璃は同時に声をあげた。
オヤジさんは当然の反応だな、と口元を歪めてどこか愉しそうに話を続けた。
「将来を約束した花婿が相手の家を訪ねるのは自然なことだ。親である私の許可もある。あとは風馬くんの母上から同意を得られれば、晴れておまえたちは公認のカップルになれる」
「お父様。花婿はさすがに先走りすぎでは」
「何を言うか。おまえもいい歳だ。学校を卒業したら他の候補を紹介するつもりでいたぞ。むしろ遅いくらいだ」
「そんな話聞いてませんよ。また勝手に話を進めるおつもりだったのですかっ」
花婿候補の話は寝耳に水だったのだろう。瑠璃はぷくりと頬を膨らませてオヤジさんを睨みつける。
瑠璃は上流階級の人間だ。本人が知らないだけで許嫁がいたのかもしれない。
「”候補”ということは、内定を貰ってないわけですね」
「当然だ。キミより優れた花婿候補はいくらでもいる。そうだな、千駄木くん」
「お見合い話は連日のように打診がございます。今のところすべてお断りしておりますが」
「そういうわけだ。さすがは私の娘。引く手あまた、というわけだな。もっとも連中が欲しいのは天城の名前だろうが」
オヤジさんはくだらない演劇を目の前にしたかのように肩をすくめると、テーブルに広げた同意書をトントンと指差した。
「これまで話を断らせてきたのは私の眼鏡にかなう男がいなかったからだ。どこの馬の骨ともわからん輩に娘をやるつもりはないが、私にも会長という立場があるからね。すぐには断れんのだ」
「会長、お言葉が過ぎますよ。今のは聞かなかったことに致します」
「ふんっ」
オヤジさんの苛立った物言いをたしなめ、千鶴さんが話の続きを受け継ぐ。
「これまでお嬢様のお相手は保留としてきましたが、風馬様が婚約者レースにエントリーすれば周りも諦めて手を引く……。会長はそう仰られているのです」
「そういうことだ。先行で逃げ切るか、途中でレースを棄権するか。あとはキミの好きにしろ」
「お父様も千鶴さんも颯人くんをお馬さんみたいに……」
「いいんだ。わかりやすくて助かる」
不満を口にする瑠璃を制して、俺はオヤジさんに訊ねる。
「見返りはなんですか? オヤジさんがそこまで俺に肩入れしてくれる理由がわかりません。ついさっきまで交際に反対していたじゃないですか」
「その目だよ」
俺の問いかけに、オヤジさんは眩しいものを見るかのように目を細める。
「キミは私に臆することなく、また自分を曲げることもなく意志を貫いた。その強さを信じてみたくなったのだ」
「俺の強さ……」
「何よりこういうのは本人たちの意思が大事だろう? さきほど瑠璃に怒られたばかりだからな」
オヤジさんは参ったように眉尻を下げて顎を撫でると、瑠璃を真っ直ぐに見つめた。それは大企業の会長としてではなく、一人の父親としての優しいまなざしで。
「瑠璃。自分の将来は自分で決めなさい。そのためにおまえを外に出したのだから」
「お父様……」
「その代わり、選択の責任も自分で取るのだぞ。後から泣きついてきても聞く耳はもたん。嫌ならこの場で断れ。あなたはわたしにふさわしくない。フィアンセはお父様に選んでもらいます、とな」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
「ならばしっかりと手綱を握っていろ。彼にも乗り手を選ぶ権利がある。うかうかしていると振り落とされるぞ」
「言われなくてもわかっています。颯人くんと末永くよろしくするつもりですので!」
「とのことですが、花婿候補様の胸中やいかに」
「俺に振らないでください……」
千鶴さんに意見を求められた俺は、真っ赤になった顔を両手で覆い隠した。
瑠璃の宣言は、遠回しでもなんでもなくただのプロポーズだった。
(ヒートアップし過ぎて、自分の発言に気がついてないんだろうな)
俺も近いことを口走った。人のふり見て我がふり直せ、だ。
自分の行いを反省して、羞恥心で顔が焼けるように熱くなった。
「男女のことだ。すべてが順風満帆とはいかないだろう。だが、嵐で帆が折れたときに頼りになるのも隣人だ。いいか? 病める時も健やかなる時もお互いを支え合ってだな」
「はいはい。会長。お話が長いですよ」
「おっとすまん。歳を取るとつい長話になりがちでな」
千鶴さんに突っ込まれてオヤジさんは苦笑を浮かべて頬を掻く。
それから俺の目を見つめて言葉をかけてきた。
「風馬くん……いや、颯人くん。キミも油断するなよ。私に大口を叩いたのだ。瑠璃にふさわしい男になれ」
「努力します」
「努力だけでは認めん。私を納得させたかったら結果を出すのだ。さしあたってはそうだな……。千駄木くん、瑠璃の学校のテストはいつ行われるのかね」
「三日後になります」
「では、そのテストで上位10位以内に入ること。これを最初の課題とする」
「クラスで、ですか?」
「学年でだ」
「学年で10位以内!?」
オヤジさんの無茶振りに驚いた声をあげたのは瑠璃だった。
「本番は3日後ですよ。いくら颯人くんが優秀な方だとしても今からでは間に合いません」
「なにも1位を取れとは言っておらん。同じ学年には瑠璃もいるからな。ウチの娘に勝てるとは思えん」
オヤジさんは自分の娘にもプレッシャーを与えつつ、さらに言葉を重ねて煽る。
「ウチの娘と付き合おうというのだ。これくらいやれて当然だ。それともおまえが信じてる彼はこれくらいで音を上げる男なのか?」
「そんなことありません。ね、颯人くん」
売り言葉に買い言葉だ。
瑠璃は二言目には手の平を返して、信頼のまなざしを俺に向けてきた。
俺は――
「わかりました。10位以内に入ってお嬢さんの見る目が確かなことを証明します」
臆することなく頷き、オヤジさんの目を見つめてそう宣言した。
これにはオヤジさんも膝を打って大笑いをあげる。
「ははははっ! それでこそ未来の婿殿だ。千駄木くん、彼の熱意に応えてやれ」
「かしこまりました。男子三日会わざれば刮目して見よ、という
「千鶴さんがつきっきりで家庭教師をしてくださるなら怖いものなしです。わたしもお手伝いしますのでお勉強頑張りましょう」
「ああ。やってやる……!」
瑠璃の期待の笑顔に、俺は力強い頷きで返した。
無茶振りが過ぎると思うが、ここでヘタレたら瑠璃と付き合うなんて夢のまた夢だ。オヤジさんを”お義父さん”と呼べる日が来るまで、俺の価値を証明し続けてやる……!
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