第39話 父親が出した条件
ヒートアップした瑠璃とオヤジさんを止めたのは、傍らで様子を見守っていた千鶴さんだった。俺は人数分のイチゴオレをコップに注ぐと、それぞれの席に配った。
「どうぞ」
「すまないね」
俺がコップを差し出すと、オヤジさんは待ってましたとばかりにコップを傾ける。
「ふぅ……。やはり疲れた頭には甘いものが一番だ」
「落ち着きます……」
今までケンカしていた瑠璃とオヤジさんだが、今では仲良くイチゴオレを口にして穏やかな表情を浮かべていた。オヤジさんも瑠璃と同じく甘党なんだろうか。
(もしかして、苦いのが苦手でお茶に砂糖を入れていた?)
一連のオヤジさんの行動が間抜けに思えて、俺は思わず吹き出してしまった。
オヤジさんが気恥ずかしそうにほのかに頬を赤く染めながら、ジトリと俺を睨んでくる。
「どうして笑っているんだ」
「すいません。やっぱり親子なんだなと思って」
「左様でございますね。感情にまかせて猛進するところなどよく似ております」
「千鶴さん!?」
千鶴さんの物言いに瑠璃が顔を真っ赤にさせて声を上げる。
オヤジさんも苦々しい表情を浮かべて、隣に立っている千鶴さんを睨みつけた。
「失礼だと思わんのかね。私はキミの雇い主なんだぞ」
「わたくしの性格はよくご存じのはず。だからこそお嬢様の世話役として配したのでは?」
「はぁ……。それもそうだな。他の連中では気後れする。そういう意味では風馬くんと似ているか」
千鶴さんの澄まし顔を前に、オヤジさんは大きなため息をついてイチゴオレを飲み干した。それからソファーに深く腰をかけて、やれやれと首を横に振った。
「瑠璃の言う通り、一人で突っ走りすぎたな。さきに本人の意思を確かめるべきだった」
「お父様……」
「しかし、まさかここまで彼氏に入れ込んでいるとは。最近の若者は草食と聞いていたのだが、瑠璃は肉食系なのか?」
「お父様……!?」
いい感じのまとめに入ると思っていたのだろう。瑠璃は驚いたように声を上げて、両手を激しく上下に振る。
「あ、あのっ。入れ込んでいるとかそういうのではなく!」
「だが異性として意識しているのだろう?」
「それは……」
「あ~、言わなくていい。訊いた私がバカだった。そんなことを娘の口から聞いたら二ヶ月は寝込む」
オヤジさんは手を左右に振って発言を止めさせる。否定するときの仕草も親子で似ていた。ブレイクタイムを挟んだら急に態度がおじさん臭くなったというか……。
(俺の見方が変わったんだろう)
俺は緊張が糸が解けていくのを感じた。大企業の会長という肩書きを抜いて見れば、年頃の娘を持つただの父親に過ぎないわけで。
「風馬くん」
「はい」
オヤジさんは真剣な表情で俺を見つめてくる。俺は居住まいを正して返事をした。
「キミの気持ちはわかった。だが、私にも立場というものがある。親として、それと天城グループの会長としてのね」
「俺とお嬢さんの交際に反対ですか」
「まあ待て。最後まで言わせてくれ。瑠璃だけでなくキミまで意地悪をするのかね」
オヤジさんは困ったように頭を掻くと、テーブルに置いてあった万年筆を手に取った。小切手ではなく、別の書類を千鶴さんに用意させてサインをする。
自分の名前を書き終わったあと、オヤジさんは俺の前に書類を差し出した。
「この同意書にサインすれば、キミは瑠璃の付き人ではなくなる。今日まで働いた分の給料は支払うのでそこは安心したまえ」
「お父様……っ! あれほど言ったのにまだ颯人くんをクビにするおつもりですか」
「そこは曲げられん。家事代行のアルバイトとはいえ、年頃の男を家に通わせていることが問題なのだ。立場を変えて見れば、おまえが男を金で釣って家に連れ込んでいることになる」
「待ってください。わたしにそんなつもりは」
「何度言えばわかる。おまえにそのつもりはなくても世間はそう見ないのだ。自分たちの都合の良いように事実をねじ曲げて、面白おかしく脚色する。おまえと風馬くんは身に染みてわかっているだろう」
「それは……」
オヤジさんの言葉に俺も瑠璃も反論できなかった。
俺は”だいだらぼっち”とか”棚橋の狂犬”とか言われており、瑠璃も”芋子”と呼ばれて小馬鹿にされていた。二人の関係を勘違いして、あることないこと噂されたのも事実だ。
天城家の事情を知らなければ、オヤジさんの言う通り”いかがわしい関係”だと捉えるだろう。
「このままでは天城の看板にもキズがつく。そこでだ」
オヤジさんは一拍おくと、俺の目を見て提案してきた。
「風馬颯人くん。キミを瑠璃の花婿候補にしたい」
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