第41話 思いの結実


 それから1週間後、中間テストが終わって答案用紙が返却された。

 ウチの学校では成績上位者10名の名前が中庭の掲示板に張り出される。



「いよいよ結果発表ですね」


「うぅ……胃が痛い……」



 俺と瑠璃は自分たちの順位を確かめるべく中庭へ向かった。


 オヤジさんの前では威勢の良い啖呵たんかを切ったが、時が経つにつれて冷静さを取り戻してテスト本番の日は吐きそうになった。

 吐き気はテストが終わった後も胃に残り、今日まで不安が続いた。

 青い顔をしながら中庭を進む俺の肩をそっと支えながら、瑠璃は努めて優しい笑みを浮かべて励ましてきた。



「千鶴さんのしごきにも耐えて頑張ったじゃないですか。努力は報われますよ」


「ありがとう。そう願ってる」



 結果が不安ではあったが、千鶴さんのスパルタな教育的指導のおかげで手応えはあった。

 これで目標としているのが学年10位以内でなければ、余裕の笑みを浮かべてスキップすら踏んでいただろう。



(瑠璃の言う通りだ。自分を信じて行くしかない……!)



 掲示板の前には人だかりができていた。みんなで結果を確認しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 数名の女子が一人の男子生徒を取り囲んで、黄色い歓声を上げている。

 輪の中心にいる男子生徒――完禪院かんぜんいん先輩は前髪をかき上げて、キラキラとした謎の粒子を発していた(イメージだ)。



「やれやれ。なんとかまた1位をキープできたな」


「さすがは完禪院先輩ね。3年の総合で1位を取るなんて! 顔がいい人は頭もいいのね!」


「素敵! 抱いて!」


「はははっ。やめたまえキミたち。みんなが見てるじゃないか」



 完禪院先輩は止めろと言いつつも困った様子はなく、賞賛の声を全身に浴びて嬉しそうに笑っていた。

 と、そこで俺と瑠璃の姿を見つけて笑みを浮かべたまま近づいてきた。



「誰かと思ったら1年B組の天城瑠璃さんと風馬颯人くんじゃないか」


「ご丁寧にクラス名までどうも」


「キミたちも順位を確認しに来たのかな?」


「はい。今回はそれなりに頑張りましたので」



 瑠璃が素直に頷くと、先輩はアイドル俳優みたいな長い睫毛を揺らして華麗に微笑んだ。



「謙遜はよしたまえ。天城さんは今年の新入生代表だろう? キミなら易々と上位に食い込めるだろう」


「いえいえ。わたしなんて、みなさんと比べたらまだまだです。授業のレベルも高くて入学してから驚きました」


「ウチは県内一の進学校だからね。入試はもちろん、定期テストもそれなりに難しい。だけどほら」



 完禪院先輩はそこで1年の総合成績トップランカーの一覧を指差す。

 学年1位のところに『天城瑠璃』の名前があった。



「ここにキミの名前がある。ボクの目に狂いはなかった。キミは美しいだけでなく、真面目に勉強もこなせる努力家だ」


「ありがとうございます。先輩も1位おめでとうございます」



 完禪院先輩の褒め言葉に対して、瑠璃は自然な笑顔で返していた。

 お互いのやり取りに嫌味や含みがなく、心からリスペクトし合っている。

 と、そこで先輩はパッと両手を広げて俺の方に近づいてきた。



「やあやあ、風馬くん。果たしてキミは何位かな」


「それは……」


「おや、そんな下を俯いて……。自信がないのかね?」


「実は家庭の事情で10位以内に入らなくてはいけなくて。でも、俺なんかが上位に入れるとは思わなくて」


「そうだったのかい……。だけどね、風馬くん。諦めたらそこでテストは終了だよ」



 先輩は励ますように俺の肩を叩くと掲示板を指し示す。



「顔を上げてよく見たまえ。男子7位は風馬颯人くん、キミじゃないか!」


「……っ! 本当だ! 10以内に入ってる!」


「すごいです颯人くん!」


「ありがとう。これも瑠璃と勉強をしたおかげだな。いつも家に押しかけてすまない」


「いえそんな……。同じ学び舎に通う学生同士、助け合うのは当然のことですから」



 俺と瑠璃が手を取り合い喜んでいると、完禪院先輩が間に立って手を重ねてきた。



「ああ! なんという素晴らしき友情。二人は勉強を頑張っていたんだね。決してやましい動機でマンションに入り浸っていたわけじゃなかったんだ!」



 完禪院先輩はわざとらしく涙を浮かべて、周囲に集まった生徒たちに向けて声高に叫ぶ。すると、遠巻きに様子を窺っていた生徒たちが口々に話を始めた。



「総合でトップ10入りなんて、やるじゃないか風馬のヤツ。まさか秀才カップルだったなんて」


「天城さんもすごいわ。恋にかまけてたわけじゃなかったのね」


「いつも一緒にいたのは勉強するため? 家に連れ込んでたわけじゃなく?」


「毎日エロいことしながらランカーになれるほど、ウチの学校は甘くねぇっての」


「先輩とケンカしたのも嘘みたいね。あんなに仲がいいんだもの」



 集まった生徒たちは、こちらから働きかけなくても自ら噂を訂正しはじめた。

 ここでくさびを打っておけば、これ以上おかしな噂は広がらないだろう。

 俺がほっと胸をなで下ろしていると、完禪院先輩がウインクを浮かべながら囁いてきた。



「こんな感じでよかったかな?」


「助かりました」



 俺と瑠璃にまつわる悪い噂は、完禪院先輩の耳にも届いてた。

 先輩は今年受験だ。後輩と乱闘騒ぎを起こしたなんて噂が広まったら進路に関わる。そこで連絡を取り合い、成績発表に合わせて噂を払拭しようと企てたのだ。


 ここまでの流れは事前に台本を用意した。わざとらしい台詞回しはそのためだ。

 結果に合わせて、台本はいくつかパターンを用意したのだが。



(本当に10位以内に入れるなんて……。諦めずに頑張ってよかった)



 マンションの一説は台本にない先輩のアドリブだったが、結果的にヨシとしよう。



「これからも困ったことがあれば遠慮なく相談したまえ。それではアデュー」



 完禪院先輩は最後にまたウインクを決めると、取り巻きを連れて中庭を去って行った。



(様子がおかしな人だけど、心までイケメンなんだよなぁ……)



 イケメンでサッカーができて頭もいい。

 加えて人柄も良いとなれば、人気が出るのも当然だろう。



(先輩は先輩だ。あの人のようにはなれないけど、立ち振る舞いは参考にできる)



 先輩は立っているだけで黄色い悲鳴があがるが、俺は立っているだけで恐怖の悲鳴があがる。今回のテストの結果で、俺の評判が好転することを願う。





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 次回最終回となります。ここまでお付き合い頂きありがとうございました! 最後までお読みいただけると幸いです。

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