第29話 お嬢様の可愛いワガママ


 撮影を終えたあと、俺はクレーンゲームで遊んでみることにした。

 それというのも――



「わぁ……。あのネコちゃん小さくて可愛いですねぇ……。あ、あっちの子はお顔が風馬くんに似てませんか? コワモテにゃんこシリーズだそうですよ」


「コワモテにゃんこ……」



 天然なんだろうな。コワモテに似てると言われても嬉しくない。

 天城さんはクレーンゲームの筐体に顔を密着させながら、食い入るようにヌイグルミを見つめていた。お嬢様にあるまじき行為で、千鶴さんが近くで見ていたら卒倒しそうだ。



「そんなに欲しいなら俺が取ろうか」


「えっ、本当ですか? 風馬くん、クレーンゲームがお上手なんですか?」


「さっきも言ったとおり、あまり遊ばないんだ。だけど、こういうときは男が取るもんだろ?」


「う~ん。いまどきそういうのは流行らないと思いますよ」


「じゃあ、こうしよう」



 俺は片腕を曲げて天城さんに頭を下げる。執事の真似だ。



「瑠璃お嬢様のために、この風馬めがヌイグルミをゲットしてみせましょう」


「え? 瑠璃って……」


「す、すまない。天城さんちの執事だから名前呼びかなって。調子に乗りすぎたか」



 千鶴さんの真似も入れてみたのだが滑ったようだ。

 今さらながら恥ずかしくなってきた。柄にもないことはするもんじゃない。そうやって俺が顔を赤くさせていると……。



「ありがとうございます。それなら、は、颯人……私のためにヌイグルミをゲッチュしなさい。これは命令ですわよ」



 天城さんはドモりながら俺の名前を名前を呼ぶ。頬が真っ赤だ。



「ゲッチュって……。恥ずかしくなって誤魔化すくらいなら言わなければいいのに」


「それでは風馬くんが可哀想ではないですか。恥をかく時は一緒ですよ」


「あはは。ありがとさん」



 天城さんはノリがいい。俺が気まぐれではじめのに付き合ってくれるなんて。

 だけど、そういう天城さんだからこそ俺もふざけてみようかと思ったわけで。



「どのヌイグルミがほしい?」


「それならコワモテにゃんこで。風馬くんがお好きな眉毛が濃い子でお願いします」


「眉毛ネタはやめろ。間違えただけだ」



 シールクラブでの一幕が尾を引いている。しばらくの間、ネタを擦られそうだ。



 ◇◇◇


 

 そのあと俺は気合いと根性でヌイグルミをゲッチュした。

 最近のゲーセンはお客が景品を取れずに困っているとスタッフが来て、取りやすい位置に調整してくれるらしい。かかった金は勉強代として納めてもらおう。



「風馬くんとショッピングだなんて夢のようです」



 ゲームセンターを出たあと、俺と天城さんはウィンドウショッピングを行うことにした。



「ヌイグルミもありがとうございます」


「最後はスタッフさんの神の手に助けられたがな」


「ふふ。それもまた思い出です」



 天城さんは猫のヌイグルミを胸に抱きしめながら、バレエを踊るようにクルクルとその場で回っている。今まで自由に買い物をする機会はなかったのだろう。天城さんは先ほどからテンションが爆上がりだった。



「コワモテにゃんこちゃん、本当に可愛いですねぇ」


「わかったから落ち着いてくれ。他のお客にも迷惑だ」


「あっ、そうでしたね」



 周囲の視線に気がついて天城さんは肩身を狭くする。

 真っ赤になった顔をヌイグルミで隠しており、その仕草が反則級に可愛かった。

 道行く男どもも天城さんの可憐さ(それと奇抜な行動)に目を奪われており、立ち止まってこちらをジロジロと見ていた。



(どうしてあんなヤツと一緒なんだ、とか思ってるんだろうな)



 学校とは違って無遠慮な発言は聞こえてこなかったが、目は口ほどにものを言う。周囲の視線が痛かった。

 だけど天城さんは周りなど気にせずに笑顔で俺にスマホを見せてくる。



「見てください。さきほど撮った写真を待ち受けにしました。シールとしてプリントするだけでなく、データ転送までできるなんてスゴイですね」


「確かにスゴイけど、待ち受けにするのはちょっと……」


「いいじゃないですか。わたしと風馬くんの初体験の記念ですよ。大事にしないと」


「うん。人前でそういう発言は控えようか」



 思わぬところで天城さんの世間知らずな部分が露見する。

 家でくつろいでいる時と同じ感覚で喋られると、世話役としては心労に耐えない。



(けど、やっぱり天城さんと一緒だと楽しいな)



 契約がなくても天城さんと一緒にいたい。この気持ちに嘘はなくて。



「次はあちらのお店に行きましょう。風馬くんにお洋服を選んでほしいんです」



 俺の心の声が届くはずもなく、天城さんは元気いっぱいに前方を指差す。

 これから向かう先は化粧品や洋服、下着などを取り扱っている女性向けのゾーンで、天城さんと一緒でなければ立ち寄りもしなかっただろう。



「俺でいいのか? 洋服選びなら千鶴さんに頼んだ方がいいと思うけど」


「千鶴さんに任せきりですと自分のセンスを磨けませんので」


「なら俺の意見も参考にしちゃダメじゃないか」


「風馬くんはいいんです。風馬くんが選んでくださるから意味があるんです」


「よくわからないが、これも付き人の仕事か。荷物運びはそれこそ従者の務めだからな」


「わたし的には風馬くんをコキ使うつもりはないのですが」


「家事をすべてやらせておいて今さらだろ」


「あはは……。そう言われると立つ瀬がありません」



 俺がジト目を向けると天城さんは苦笑を浮かべて、そっと手を差し伸べた。



「それならいっそ強権発動です」



 天城さんは俺の手を取り、指を絡めてきた。

 不意打ちだったので俺は対処できず、反射的に大声を上げてしまう。



「天城さん!? いったいなにを!?」


「見てください。通りには大勢のお客さんがいらっしゃいます」



 天城さんは俺の戸惑いを無視しながら、空いた方の手で人混みを指差す。



「わたしが迷子になってもいいんですか? 監督不行き届きでお給料減っちゃうかもですよ」


「そうきたか……」



 こういうときだけ天城さんは頭の回転が速い。

 俺の良心に訴えるのと同時に、給料の話まで持ち出してきた。

 内側と外側から退路を塞がれ、俺は観念したようにため息をついた。



「わかりました。喜んでエスコートさせていただきますよ、瑠璃お嬢さま」


「わーい♪」


「わーいって……」



 俺が手を握り返すと、天城さんは子供のように無邪気な笑みを浮かべた。



(はぁ……。ほんと可愛いかよ)



 付き人だからと遠慮していたが、お嬢様が自ら望んで近づいてきたのだから言い訳は立つ。俺としても役得だ。この状況に甘えてしまおう。



「何を買うか決めてるのか? 闇雲に歩いても疲れるだけだぞ」


「そうですね……」



 天城さんは考え事をするように唇に人差し指を当てる。

 と、そこで店頭に並べられたマネキン人形を指差した。



「あのお店に行きましょう。丁度ああいうのが欲しかったんです」


「へぇ~。どれどれ……」



 天城さんが指し示したお店。そこは――



「ランジェリーショップじゃないかっ!」




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