第28話 ゲーセンデート


「わぁ~! ここがかの有名な不良の聖地。ゲームセンターなんですね!」



 天城さんは大変失礼なことを口走りながら、光や音を放つゲーム筐体を眺める。

 俺は苦笑を浮かべながら入り口近くに置いてあったクレーンゲームを指差した。ちょうど小学生のキッズが猫のぬいぐるみを取ろうと悪戦苦闘していた。



「あの子を見ろ。ここはショッピングモールにあるなんちゃってゲームコーナーだ。不良のたまり場じゃない」


「そうなんですか? ゲームセンターは都会のアウトローたちが巣くう邪悪なお城だから近づくな、と言われていたのですが」


「いつの時代の話だ……」



 天城さんは箱入りみたいだからな。世間知らずなところはあるだろう。だからこそ一人暮らしをさせられているわけで。



「男の子って普段こういった場所で遊んでいるんですか?」


「そういう連中もいるけど、俺は滅多に来ないかな。ゲームって無限に金が吸い込まれるイメージしかないから」


「では、またまた初めまして同士ですね。せっかくなので一緒にできるゲームを探しませんか? 初めての共同作業です」


「お、おう……そうだな……」


「お顔がまた真っ赤ですよ? やはり体調が優れないのでは?」


「だから平気だって」



 平気じゃないのは俺の胸中だ。



(初めての共同作業……いい響きだなぁ)



 それから俺と天城さんはゲームコーナーを見て回り、記念すべきファーストゲームを探すことにした。

 そこで母さんとのやり取りを思い出して、とある筐体の前で足を止めた。



「”シールクラブ”か」


「これ知ってます! 撮影した顔写真をデコれるんですよ。プリントアウトしたシールは履歴書やパスポートにも使えるとか」


「証明写真と勘違いしてるな」



 ”シールクラブ”なら流行に疎い俺でも知っている。

 母さんが現役女子高生(笑)だった頃からある、カップル御用達のシールプリントマシンだ。



(カップル御用達の……)



「これなら二人の初めてにピッタリですね」


「だろ? 深い意味はないけど記念に一枚撮るのもいいかなって。深い意味はないけど」


「大変素晴らしいと思います。さっそく撮りましょう」



 早速、カーテンを開いて撮影ブースの中に入る。

 ブースは2畳ほどの広さがあり、中央の壁際にタッチパネルが設置されていた。

 


「この筐体にお金を入れればいいんですね」



 天城さんは500円(高い!)を投入して、さっそくマシンを起動させる。


 

「背景やフレーム、照明も選べるみたいですよ。どうしましょうか」


「天城さんの好きにしていいぞ」


「え~? どれにしようかな~」



 俺に選択権を委ねられた天城さんは、玩具を選ぶ子供のように目を輝かせながらタッチパネルを操作する。

 その間に俺は深呼吸を繰り返した。酸欠になったわけではない。



(カーテンを閉め切った狭いブース内で天城さんと二人きり。何も起きないはずがなく)



 なんていう妄想が先ほどから頭に浮かんでばかりいるので、新鮮な空気を送って煩悩をかき消しているのだ。

 記念すべきはじめての共同作業だ。証拠も写真に残る。下手なことをせず撮影に集中しよう。



「決めました。はじめてですから無難にいきましょう」



 やがて設定が終わり、タッチパネルにはノーマルな背景が映し出された。フレームもない。けれど次の瞬間、照明の色がピンク色に変わった。



「わぁ……。試しに色を変えてみましたけど、かなりピンクピンクしてますね。淡い桜のような色を想像していました」


「そ、そうだな」



 天城さんの想像を超えていたのだろう。俺たちは二人して照明を見上げて、なんとも言えない微妙な声をあげる。



(これのどこが無難なんだ。ピンク色の照明のせいで、いかがわしい雰囲気が増してしまった!)



 これ以上エロい方向に意識を向けると妄想が現実になりそうだ。俺は天城さんから半歩離れた。



「どうかしましたか? フレームからはみ出したら写真に映りませんよ。ほらもっと近づいてください」



 俺が気乗りしないと思ったのか、天城さんは子供をたしなめる母親のように眉尻を上げると自分から身を寄せてきた。

 逃げようとする俺の腕を掴んで中央に引き寄せて、肩を並べてピースサインを決める。



「女の子の間で流行ってるギャルピースですよ。風馬くんもピスピース」


「俺はそういうのいいって」


「え~! せっかくの記念なんですからしてくださいよぉ」


「はぁ……しかたないな」



 天城さんの甘えん坊ボイスと上目遣いのおねだりに、俺はため息をつきながらVサインを決めた。やがてアナウンスが流れて無事に撮影は終了した。



「これで撮れたみたいです。お疲れ様でした」


「本当に疲れた……」



 緊張が顔に出てしまった。ぎこちない笑みを浮かべている俺と、満面の笑みでギャルピースを決める天城さんの姿が画面に映し出されている。



「さ~て。お待ちかねの盛り盛りタイムですよ」



 どうやらタッチペンで写真に加工ができるようだ。天城さんはウキウキとタッチペンを手にするが。



「制限時間があるみたいだぞ」


「えっ!? どうしましょう!? どうするかまったく決めていません



 天城さんは慌ててタッチペンを操作して、画像をいじり始める。

 何を間違えたのか俺の顔に処理がかかり、厳ついコワメンが大変身。

 チワワみたいなつぶらな瞳をした、きゅるるん顔の風馬颯人が爆誕した。



「なんだこりゃ!? 新手の怪物か!?」


「ぷはっ! だ、ダメです。お腹が苦し……笑わせないでくださいよ、もぉ~」


「そっちが勝手に盛ったんだろう。俺は被害者だ。いじるなら自分の顔だけにしろ」


「は~い。ごめんなさ~い」



 天城さんは悪びれた様子もなく、自分の顔を盛り始めた。眉毛や顔の輪郭、肌の白さも調整できるようで、天城さんは大人びた印象に自分の顔を寄せていった。



「なんとなく千鶴さんに似てるな」


「寄せたのわかります? 男の人って大人な女性が好みでしょう。わたしも千鶴さんみたいな女性に憧れてまして」


「ん~、どうだろう。千鶴さんは美人だけど趣味は人それぞれだからな」


「風馬くんは?」


「え?」


「風馬くんは、どういった女性がお好みですか?」


「それは……」



 天城さんみたいな女の子だ、なんて伝えるわけにもいかない。

 いきなりストレートな球を投げたら驚かせるだけだ。



「ねえねえ、どうなんですか~」



 けれど、テンションが上がっているのか天城さんは上目遣いで執拗に訊ねてきた。

 狭いブースで逃げ場もない。下手に誤魔化しても、いつものように拗ねるかもしれない。



「こういう子が好みだ……!」



 俺は苦し紛れにタッチパネルを指差した。

 直接口で伝えるのが恥ずかしくて、目を瞑って画面に映った天城さんを指し示す。



「な、なるほど……。風馬くんはこういう女性が好みなんですね」


「ん……?」



 天城さんが戸惑った声をあげている。様子がおかしい。

 おそるおそる目を開くと、タッチの誤操作により西郷隆盛のような極太眉毛で厳つい目をした天城さんの顔が画面に表示されていた。



「趣味は人それぞれですもんね。頑張って眉毛育てます」


「誤解だっ!」

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