第23話 モヤモヤスマッシャー
「……なら、本当にお付き合いしますか?」
昼休み。いつもの花壇脇のベンチで昼食を取っていると、天城さんは爆弾発言をかました。
「え……?」
いきなりのことだったので俺は呆気にとられてしまい、掴んでいたウィンナーごと箸を落としてしまう。
「大変ですっ。箸を落としてますよ」
「うわっ!? 3秒ルール!」
幸いにもウィンナーはズボンの上に落ちた。俺は急いでウィンナーを拾い上げて口に放り込む。俺の慌てふためく姿を見て、天城さんは愉しそうに微笑んだ。
「冗談ですよ。風馬くんはお仕事でわたしの傍にいてくださるんですもんね」
大胆な発言をしたにも関わらず、天城さんはまったく意に介していなかった。
けれど次の瞬間、顔を曇らせて寂しそうに地面を見つめる。
「それにそんなこと、お父様が許さないでしょうから……」
「天城さん……」
「このお話はここまでにしましょう。せっかくのお弁当タイムが台無しになります」
「あ、ああ。そうだな」
本人が話題を変えようというのだ。これ以上は踏み込めない。
(天城さんと付き合う……か)
これまで何度か妄想したことがある。
けれど、そのたびに俺は首を横に振って考えるのを辞めていた。
天城さんが語ったように、俺はバイトとして彼女の世話を焼いているのだ。
天城さんも千鶴さんも俺を信用して契約を持ちかけてくれた。
状況を利用して”お嬢様”に手を出そうものなら、即時解雇は免れない。
もしもそうなったら俺は……。
(モヤモヤするな……)
その日食べた弁当は味がしなかった。
◇◇◇
やがて日が暮れて、俺は天城さんちで夕食の支度を進める。
俺の隣に立つ天城さんは、制服の上に猫の刺繍が入ったエプロンを羽織っており、家庭科の調理実習をしているみたいで可愛かった。
「ジャガイモ潰し終わりました」
「どれどれ……。お、いい感じだ」
「でしょ~。ふふふ」
天城さんはボウルを傾けると、スマッシャー(ジャガイモを押しつぶす調理器具のことだ)片手に得意げな笑みを浮かべる。
天城さんに包丁を握らせるのはまだ早いので、素人でもできる簡単な下ごしらえをさせていた。いずれは野菜の皮むきや、フライパンを使った炒め物にも挑戦させたい。
「おジャガをスマッシュするのストレス発散にいいですね」
「天城さんもストレス感じることあるんだ」
俺は天城さんからボウルを受け取り、中身を耐熱皿に移しながら天城さんに訊ねる。天城さんは頬を膨らませながら頷いた。
「当然ですよ。現代社会はストレスで満ちあふれてます」
「例えば?」
「体育の授業ですね。どうして先生方はやり方を教えず、適当にボールを渡して試合をさせるのでしょうか。基礎を学ばなければ応用も効かないというのに」
「おお。お嬢様が日本の教育界にもの申しておられる。いいぞいいぞ、その調子」
天城さんは体育が苦手だ。日頃から鬱憤が溜まっているんだろう。いい機会だから膿を出してあげよう。
「他にご不満は?」
「このお部屋ですね。一人で暮すには広すぎます。だから掃除が行き届かないのです」
「それはわかるな。俺も最初に訪れたときに掃除が大変そうだなって思った」
「でしょー」
俺は耐熱皿に牛乳とバターを投入したあとレンジに入れた。
焦げないように様子を見ながら天城さんの愚痴に耳を傾ける。
レンジと同じくヒートアップしてきたのか、天城さんは頬を膨らませて腕を組む。
「もっと手狭なお部屋がよかったのにお父様が入居を決めたのです。いつも自分勝手で困ってしまいます」
「一人暮らしをしろと言ったのもオヤジさんだったな」
「はい。外に出て自分を見つけろ、だなんて曖昧な理由で追い出したんです」
さらに愚痴が続くかと思ったが、天城さんはそこでトーンダウンした。
どこか寂しげに肩を落として、ぽつりと呟く。
「外に出たのは同意の上でしたけどね。わたしも実家には居づらかったので」
「……理由を聞かせてもらっても?」
俺はレンジから耐熱皿を取り出して、何でもないことのように訊ねる。
デリケートな話題だ。座して真面目に話を聞くと天城さんも負担に思うだろう。
嫌なら断ってくれればいい。そう思ったのだが……。
「実家に、もう一人のお義母様がいるのです」
天城さんは下を俯いたまま、そう言葉をこぼした。
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