第22話 風馬颯人は伝説になる
「聞いたぞ風馬! 完禪院先輩とボクシングでやり合って勝ったんだって!?」
弁当を持って席を立とうとしたところ、クラスの男子に囲まれてしまった。
誰もが少年漫画の最新号を読んだ後のような、興奮と感動に満ち満ちた目で俺を見つめてくる。
「いつかヤルとは思ってたが、あの完禪院先輩を打ちのめすなんてな」
「ケンカした理由も天城さんを護るためだったんだよな。誰にでも噛みつく狂犬だなんて噂して悪かった。おまえは本物の男だ。これからはウルフ風馬と呼ぼう」
「これ以上おかしな名前で呼ばないでくれ……」
今朝の騒動は瞬く間に学校中に広まり、昼休みを迎える頃には尾ひれを付けて俺の耳にも届いた。クラスの男子はその噂を真に受けて、俺を褒めそやしているのだ。
悪い噂を立てられた過去の経験から、訂正してもどうせすぐに別の噂が広がる。鎮まるまで適当にあしらうのが良策だ。
しかし……。
(このままだと天城さんと飯が食えない……)
男子は俺の武勇伝を聞きたがっており、机の前に人垣を作っていた。
俺は苦笑を浮かべて適当に対処しながら天城さんの様子を窺う。天城さんは天城さんで女子に連行されて、教室の隅で質問攻めにされていた。
天城さんに詰め寄っているのは、
「どこのヘアサロン通ってるの? 髪マジで綺麗だよね」
「最近明るくなったと思ったんだよね~。それも風馬くんの影響? てか二人は付き合ってるの?」
「えっと~、それはぁ~……」
女子の質問は好意的なものと興味本位なもので半々だった。注目されることに慣れていないのか、天城さんは困ったように目を泳がせている。
噂の美少女が教室にいた”芋子”ちゃんだったのだ。噂好きの女子が放っておくはずもない。今朝からずっと質問攻めにあっており、俺もまともに会話ができていなかった。
俺と天城さんが双方で困っていると――
「改めて見ると天城さんってどことなく気品があるよね。実は天城グループのお嬢様だったりして」
「……っ!」
「……っ!」
女子の何気ない一言に、俺と天城さんは同時に肩を震わせた。
(まずい! ボロが出る前に誤魔化さないと……っ!)
だけど、どうやって誤魔化す? ここで取り乱したら肯定しているようなものだ。
考えている時間はない。とりあえず――
「天城さん!」
俺は天城さんの名前を叫びながら立ち上がった。
弁当が入った巾着袋を掴んで、人垣をかきわけながら天城さんのところへ向かう。
「メシ、行こうぜ……」
「は、はい……」
考えがまとまらなかったので、ひとまず天城さんをこの場から連れ出すことにした。衆人環視でのお誘いだ。俺は頬を熱く火照らせながら天城さんを誘う。
天城さんもまた頬を赤く染めて、お淑やかな態度で頷いた。
一連の様子を窺っていたクラスメイトたちは……。
「白昼堂々と彼女を誘うなんてやるじゃねぇか! さすがはウルフ風馬だぜ! 俺たちにできないことを平然とやってのける! そこに痺れる憧れるぅ!」
「きゃーーー! やっぱり二人は付き合ってるのね!」
「い、いえっ。わたしたちは……」
天城さんはチラチラと横目で俺の顔色を窺う。強く否定しないところが、なんともむず痒かった。けれど、この状況は使える。俺は呼吸を落ち着けてからクラスメイトに言い放つ。
「そーいうわけだから俺たちのことは放っておいてくれ。余計な詮索をするのもナシだ」
「風馬くんっ!?」
俺の発言を受けて、天城さんが驚いたように目を丸くする。すると天城さんを取り囲んでいた女子が肩をすくめながら、その場を退いてくれた。
「めっちゃラブラブじゃん。これ以上邪魔しちゃ悪いか」
「いろいろ詮索してごめんね」
「天城さんにコクるのはナシか。ウルフ風馬が傍にいちゃ噛まれるもんな」
「だからその呼び名はやめろ」
女子はいいとして男子は完全にからかっている。けれど、みんな俺と天城さんの”嘘”を優しく受け入れてくれた。
余計な混乱を生まないためにも、クラスメイトには誤解させたままにしておこう。
◇◇◇
教室の喧噪を離れ、俺と天城さんは裏庭の花壇へ向かった。
本当なら別の美化委員が水やりをしているはずだが、当番はサボっているのだろう。俺たち以外に人の姿はなかった。
これ幸いにと俺と天城さんはベンチを占拠して、お互いの弁当箱を広げる。
「正直者だって褒めてくれたばかりなのに嘘をついてすまない」
「いえ、わたしのための誤魔化してくださったのは理解していますから」
教室での一幕を謝ると、天城さんは恐縮したように首を横に振った。
それから目をそらして、消え入るような声でぽつりと呟く。
「それにあながち間違っていないと言いますか……」
「え……? それって……」
「わたしたちは付き人と雇い主の関係ですからね。”お付き”合いしてると言えるのではないでしょうか?」
「屁理屈にしか聞こえないんだが……」
天城さんはからかっているのだろう。期待した俺がバカみたいだ。
ため息まじりにウィンナーを食べていると。
「……なら、本当にお付き合いしますか?」
天城さんは爆弾を落とした。
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