第21話 ウチの(お嬢様)に手を出すな
「ウチのに手を出さないでもらえるか」
俺は天城さんを背中に庇うと、暴漢(俺のことだ)に脅されていると勘違いしたイケメンの
咄嗟に『お嬢様』と抜いたのはファインプレーだった。天城さんは誰もが羨むお姫様に変身を遂げたが、”本物”だと悟られるわけにはいかない。
「ナンパなら余所でやれ」
俺は眉間に力を込めて完禪院先輩を睨みつける。
厳つい顔を隠す必要はなくなった。全力で思いっきり脅しをかける。
これには余裕ぶっていた先輩も思わずたじろいだ。
「な、なんだ。ボクとここでやるつもりか。そっちがその気なら相手になるぞ」
「お待ちください」
一触即発の雰囲気の中、俺の背後に隠れていた天城さんが声を上げる。一歩前に出て俺の隣に並んだ。
「完禪院先輩。すべては誤解なのです」
「誤解……? キミはそこの1年生に絡まれているんじゃないのか」
「違います。絡んでいるのは先輩です」
普段のオドオドとした態度はどこへやら。天城さんは先輩を真っ正面から見つめた。子犬みたいな可愛い顔だからわからないが、睨みつけているのかもしれない。
「わたしと風馬くんはクラスメイトです。同じ美化委員なこともあり、普段から仲良くしていただいています」
天城さんのその言葉にギャラリーの中から声が上がる。
「風馬と同じクラスの美化委員って……。もしかしてあの子、天城さんか!?」
「えっ!? いつも教室の片隅でパンを食べていたあの芋子ちゃん?」
「なんだ。クラスメイトなら仲が良くてもおかしくないわね」
こういうのを同調圧力というのだろうか。俺と天城さんの関係が健全なものだとわかった途端、周囲の生徒たちが一斉に手の平を返した。
「てか。完禪院先輩、勘違いで声をかけたわけ? ダサ」
「くっ……!」
空気が完全にアウェーになる。完禪院先輩は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。天城さんはそんな完禪院先輩に頭を下げた。
「わたしを気にかけてくださったことは感謝いたします。ですが、一方的な思い込みから風馬くんを悪く言ったのは許せません。この場で謝ってください」
「悪かったよ。ボクの早とちりだった。この通りだ。すまなかったな、風馬くん」
「俺もすみませんでした。本当にナンパかと思って」
まさか天城さんが先輩を叱りつけるとは思わなかった。俺は威を削がれ、頬を掻いて先輩の謝罪を受け入れる。
逆上して難癖を付けてくるかと思ったが、完禪院先輩は常識人のようだ。
頭を下げる先輩に俺が謝罪で返すと、完禪院先輩はパッと笑顔を浮かべた。
「話に聞いていたよりも良いヤツじゃないか。気に入った!」
「へ……?」
「本当にすまなかったね。二人が想い合っているのはよくわかった。こういうのをやぶ蛇って言うんだろうね」
「想い合っているって……」
先輩の爽やかな謝りっぷりに、天城さんも面を喰らったように目を白黒させる。
頬が赤くなっているのは別の意味があると思うが……ややこしくなるので今は突っ込まないでおこう。
「お詫びになるかわからないけど、困ったことがあればボクを頼ってくれ。これでも学校では有名人でね。それなりに顔が利くんだ。それじゃあまた」
「は、はぁ……」
「ほらほら、みんなも散った散った。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるよ」
完禪院先輩は手を振って、集まってきたギャラリ-を散らす。
先輩に言われたら仕方ない、とばかりに生徒たちは歩みを再開させた。
ものの数分もすれば辺りは静かになり、通学路には俺と天城さんだけが残された。
「いったいなんだったのでしょうか?」
「先輩は噂通りのいい人だったって話かな」
完禪院先輩はナンパ目的ではなく、心からの善意で暴漢(俺のことだ)から天城さんを守ろうとしたのだろう。
人は見かけによらないと言うけれど、見かけ通りの場合もある。
天城さんも前に言っていた。人の心は行動に現れるもので。
「俺のために怒ってくれてありがとな」
「風馬くんだってわたしを守ってくださったじゃないですか」
天城さんは首を横に振り、照れたように両手で鞄を持ちながらポツリと言葉をこぼす。
「俺のに手を出すなって。あれはどういう意味ですか? もしかして……」
「言葉足らずだったな。本当はウチのお嬢様に手を出すなって言いたかったんだけど、ボロが出て素性がバレたら大変だと思って咄嗟に言い換えたんだ」
「…………」
俺が頬を掻きながら事情を説明すると、天城さんは黙ってしまった。
(あ、あれ? おかしいな。なにかおかしなこと言ったかな)
俺が戸惑っていると天城さんは深いため息をつく。
「風馬くんは正直者ですね。今のは黙っていた方がポイント高かったですよ」
「何のポイントだ?」
「ないしょです。でも――」
天城さんは唇に人差し指を当てて、悪戯が成功した子供のような愉しそうな笑みを浮かべる。
「そんな風馬くんだからこそ、傍にいたいと思えるんです」
「天城さん……」
「そろそろチャイムが鳴りますよ。急ぎましょう」
「そうだな」
俺と天城さんは一緒に校門へと向かう。
誰も見ていないことをいいことに、仲良く肩を並べて。
◇◇◇
その日の昼休み――
「聞いたぞ風馬! 完禪院先輩とボクシングでやり合って勝ったんだって!?」
弁当を持って席を立とうとしたところ、クラスの男子に囲まれてしまった。
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