第20話 天城瑠璃改造計画


 翌日。俺は母さんが使っているメイク道具を持って天城さんちに向かった。


 俺も天城さんも慣れないメイクに悪戦苦闘したが、なんとか”様”になった。

 お嬢様としての心持ちもあるだろうから服装は冒険せずにスカートの丈は長いままで、ソックスも白地のままにした。


 やがて登校時間となり、俺と天城さんは通学路に向かった。

 わざと人通りが多い時間帯を狙い、これ見よがしに道の真ん中を歩かせる。

 すると――。



「おい……! あんな可愛い子、ウチの学校にいたか?」


「やだー。モデルみたーい。ちょーかわいいーーー」



 天城さんは道行く生徒たちの注目を一身に浴びていた。



「ふふふ。みなさまごきげんよう」



 天城さんは皇室の偉い人のような高貴な笑みを浮かべながら、颯爽と通学路を歩く。三つ編みにしていた後ろ髪をほどき、金糸のようなさらさらのストレートヘアーを初夏の風になびかせていた。

 物語に出てくるお姫さまのような立ち振る舞いに、男女問わず足を止めてうっとりとした表情を浮かべている。

 俺はそんな人混みにまぎれながら、後方で腕を組んで頷く。



(そうだろう。そうだろう。ウチのお嬢様はちょーかわいいーだろ)



 彼女が微笑を浮かべているのは俺の入れ知恵だ。

 自信満々に背筋をピンと伸ばして歩くだけでも、洗練されたオシャレな印象を人に与えるのだ。


 天城さんは素材がいいので華美なメイクはいらない。眉をいじって髪型だけ変えることにした。後ろで束ねていた髪をほどいて、ストレートアイロンを当てる。

 すると、なんということだろう。たったそれだけの変化で――



「ふふふ…………」


「わぁ……。見てあの子、髪がサラサラで綺麗……」



 天城さんが歩くだけで周囲に感嘆の声が溢れる。

 昨日まで地味だった芋子ちゃんが、誰もが振り返る可憐な美少女に大変身。

 これには匠(俺のことだ)も思わずガッツポーズだ。



(今日はこのまま一人で歩かせよう)



 ここで俺が出たら、せっかくの苦労が水の泡だ。俺は負の象徴。一緒にいるところを見られたら、好転し始めた天城さんの評判が落ちてしまう。

 そっとこの場を離れようとして――



「風馬くーーーん!」



 あろうことか、天城さんは笑顔で手を振って俺に近づいてきた。

 天城さんを目で追っていた生徒たちが一斉に俺の方を振り向き、そして――。



「げぇ! 棚橋の狂犬」

「だいだらぼっち!」

「コワメン・オブ・ザ・イヤー!」



 思い思いの悪口を言い放った(コワメン・オブ・ザ・イヤーは初めて聞いた)。

 天城さんは雑音なんて耳に入っていないのか、軽快な足音を響かせて俺の前にやって来る。



「もぅ。そんなところに隠れて何をしていたんですか? 早く行きましょう」


「お、おい。なにしてるんだ。俺のことは気にせず、天城さんは一人で……」


「ダメです」



 俺が傍にいると、せっかく上がった天城さんの株が下がる。

 そう思って首を横に振るが、天城さんはいつもみたいに子供っぽく頬を膨らませて。



「いつも一緒だって約束したじゃないですか」



 そう言って、両手でぎゅっと俺の手を掴んできた。

 これには俺だけではなく、周りで様子を窺っていた生徒たちもざわつく。



「おい! どうしてぼっち日本代表の風馬があんな美少女と親しげにしてるんだ!?」


「いつも一緒ってどういうことだ? もしかして付き合ってるのか!?」



 にわかに騒がしくなる通学路。

 それも当然だ。天城さんを見る周囲の目は変わったが、俺は何も変わっていない。

 ”だいだらぼっち”がお姫さまのような美少女と一緒にいたら驚くに決まっている。



(こうなることがわかっていたから傍を離れようとしたのに)



 今からでも遅くない。俺は端的に用件を伝えた。



「離れろ」



 俺は素っ気なくそう言って、言い寄ってくる天城さんから離れようとする。



「あっ、ごめんなさい。近かったですね」



 俺と天城さんにとってはいつも通りのやり取り。

 このあとお互いに顔を赤くして、ちょっと甘い空気になるのだ。

 けれど、この時は周囲に人の目があって。



「女の子相手にそんな態度はいけないな」



 人混みの中から、誰かが俺に声をかけてきた。

 ざっ、と人垣が捌けて金髪長身のイケメンが前に出てくる。

 顔も名前も知らないが、制服のネクタイの色から見て3年の先輩だろう。



「なんすか……?」



 3年の先輩が俺に何のご用でしょうか?

 そう訊ねようとしたが俺の口から出たのは挑発的な言葉だった。



(いきなり声をかけられて、何て言葉を返せばいいかわからなかった!)



 俺は内心の動揺を隠しながら、天城さんを守るように背中に庇う。

 イケメンの先輩は「おや……」と怪訝な表情を浮かべて前髪をかき上げた。



「ボクが彼女に危害を加えるとでも?」


「違うんすか」


「ははっ。こいつはお笑いだね。ボクは”狂犬”からその子を助けようと思っただけさ」



 イケメン先輩は芝居がかった口調でもう一度髪をかき上げると(邪魔なら散髪に行け)、俺の背後に隠れている天城さんに手を差し伸べた。



「ボクが来たからにはもう安心だよ。ボクは3年の完禪院かんぜんいん 恭彌きょうや。この名前に聞き覚えはないかい?」


「まったく聞き覚えがありません」



 完禪院先輩の問いかけに、天城さんはフルフルと首を横に振る。

 すると、周りにいたギャラリーが次々に驚愕の声をあげた。



「あの子、本当に知らないの!? 完禪院先輩と言ったら、運動神経抜群で頭脳明晰なサッカー部のエースオブエースなのに」


「先輩、ボクシングもかじってるんだぜ。さすがの風馬も先輩には勝てねぇだろ」



 先輩の登場でギャラリーの数が増えてきた。

 周囲には、怪物に捕まったお姫様をイケメン王子が救おうとしているヒロイックな光景に見えるのかもしれない。



(天城さんと先輩が一緒にいたら様になるだろうな……)



 イケメンと美少女のカップリング。それは絵に描いたような理想の恋人像だった。

 一方で、さながら俺は野獣だ。アニメじゃないんだから変身が解けるわけもない。美女とダンスを踊る資格はないだろう。



(天城さんは見違えるくらい綺麗になった。なら、ステージが変わってもおかしくない)



 天城さんみたいな美少女を周りが放っておくはずがない。

 それでも俺は天城さんに綺麗になってほしかった。

 好きになった子が周囲に馬鹿にされて我慢できるはずもなかったから。



(だけど、天城さんが先輩を選ぶなら……)



 俺は……。



「ウチの(お嬢様)に手を出さないでもらえるか」



 気がつけば俺は一歩前に出て、完禪院先輩と対峙していた。

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