第24話 天城さんちの事情


「実家に、もう一人のお義母様がいるのです」



 キッチンでマッシュポテトを作りながら、天城さんちの家庭の事情について明かされる。天城さんは顔を俯かせながらポツリと言葉をこぼした。



「誤解がないように先にお伝えしますが、いまのお義母様もいい人なんですよ。わたしにも優しくしてくれて……。ですが、どうしても前のお母様の顔が浮かんで」


「再婚前のおふくろさんか。それって天城さんの……」


「生みの親です。前のお母様はわたしが小学校へ上がる前に病気で亡くなって。この髪と瞳もお母様譲りなんです」



 天城さんはアイロンをかけて艶を増した薄金色の長髪を指で撫でる。

 俺はほどよく温まったマッシュポテトをボウルに戻して、切ったハムを混ぜ入れた。全体が馴染むように混ぜながら塩胡椒で味付けをする。

 俺の作業を横で眺めながら、天城さんはゆっくりと話を続けた。



「実家の空気に馴染めていないのはわたしの方です。お父様もお義母様も、そんなわたしを気遣ってくれまして。その優しさに応えられない自分が嫌で……」


「それで一度家を離れようと思ったのか」


「お父様たちも自分だけの時間が欲しいでしょうから。わたしも心を整理する時間が欲しかったので」


「だけど、いざ一人暮らしを始めたら家事がまるでダメ子ちゃんで余計な心配をかけている、と」


「ううっ……、いまその話をしますか」


「あはは。悪い……。っと、できた」



 完成したマッシュポテトを皿に盛り付け、仕上げにブラックペッパーをかける。これで一品目は出来上がった。俺は満足げに頷いたあと、天城さんに笑いかけた。



「ま、人生いろいろあるよな」


「雑なまとめ方ですね……」


「だってそうだろう。天城さんちに事情があるように俺だって問題を抱えてる。みんなだってそうだ。多かれ少なかれトラブルを抱えて生きている」


「それはそうですが……」


「けど、天城さんはそこまで心配いらないと思う」


「どうしてですか?」


「自分を変えようと前向きに歩けるからだ」



 俺は完成したマッシュポテトの一部を小皿に取り分けて、天城さんに差し出す。

 どうして今? と首を傾げる天城さん。俺はいいから、と顎で試食を促す。

 天城さんは箸でマッシュポテトを口にする。途端にその顔が華やいだ。



「美味しいです。ポテトの舌触りも滑らかで食べやすいです」


「だろ? この味を再現できたのも天城さんが丁寧にジャガイモを潰してくれたからだ。適当にやるとダマができて、おかしな感じになるからな」



 俺は天城さんに笑いかけながら小皿を回収する。

 人に微笑みかけるのは慣れないけど、天城さんの前だと自然と頬が緩む。



「掃除も料理もできなかった天城さんが、今ではマシなものが作れるようになった。それは天城さんが前向きに努力しようと頑張った結果だ」


「そんな。すべて風馬くんが手伝ってくださったおかげで」


「けど、俺を雇おうと決めたのは天城さんだろ? それは一人暮らしを不安に思いつつも、環境を改善しようと動いた結果だ」


「それは……」


「実家から離れたのも新しいおふくろさんとの関係を良くしたいと思ってるからだ。そうでなければケンカ別れして終わりだからな。違うか?」


「どう……なんでしょうね。自分でも本当は何をしたいかわからなくて」


「……そっか。そう簡単に答えは見つからないよな」



 俺は完成したマッシュポテトを見つめながら言葉を探す。

 上手い言葉は見つからない。だから思ったことを直接伝えることにした。



「だったら答えが見つかるまで俺が話を聞くよ。バイトとか関係ない。天城さんの友達として傍にいる」


「お友達として……」


「だからまずはメシを食え。腹が減っては戦はできぬ、って言うだろ? ココロもカラダも元気になって、その時になってようやく悩みに向き合えるんだ」


「素敵な考え方ですね」


「母さんの受け売りだけどな。けど、当たってると思う。俺も付き合うからさ。一緒に問題を解決していこう」


「風馬くん……」


「さて! お次はメインディッシュだ。ポークソテーを作るから天城さんも手伝ってくれよな」


「はい!」



 それから俺たちは一緒に夕食を作り、雑談を交わしながら食事を済ませた。

 愚痴を言ってスッキリしたのか、天城さんは憑き物が落ちたように笑顔を浮かべてご飯をおかわりしていた。



 ◇◇◇



 ――その日の夜。



「うおぉぉぉっ! なんて恥ずかしいことを口走ったんだ……っ!」



 帰宅後。俺は布団にくるまりながら身悶えた。

 口ベタなのに調子に乗って、上から目線でモノを言っていた。

 『一緒に問題を解決していこう』(キリッ)とか、俺は何様なんだ。



(だけど、なんとかして天城さんを励ましたかったんだ……)



 他人の家の事情に踏み込みのは気が引けたが、愚痴を聞くくらいはいいだろう。

 俺をサンドバッグにすることで天城さんの気が晴れるなら、それに越したことはない。付き人として、友達として、これからも天城さんの力になりたかった。



「ん……? スマホが鳴ってる」



 俺が畳の上で転がっていると、枕元に置いておいたスマホが鳴動した。

 手に取って確認すると、グループチャットの未読を報せる通知が入っていた。

 何事かと内容を見てみると――



 ◇◇◇



 翌日は土曜日だった。

 俺は駅前にある赤い帽子を被った少年の彫像「たっちゃん像」の前で待ち合わせをする。やがて俺の前に現れたのは――



「お待たせしました」



 私服に身を包んだ天城さんだった。





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 これにて第3幕は閉幕。

 甘い空気を匂わせつつ次回に続きます。安心してください。デートですよ。


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