第12話 体育の授業であの子が手を振ってくる
結論から言うと、英語の授業に集中できなかった。
肩が触れあうような距離に座る天城さんを意識してしまい、先生の話を右から左にスルーしたからだ。質問を当てられたら終わっていたが、運良く今日は回避して無事(?)に授業を乗り越えた。
やがて体育の時間となり、俺は体育館の片隅でバスケットボールを磨いていた。
生徒がボールを磨く義務はないのだが、自分のチームの出番まで暇だった。それに汚れを見るとつい綺麗にしたくなる。”伝説の掃除屋”の悲しいサガだ。
(あの噂。どこから出てきたんだろう……)
千鶴さんは俺の腕前を評価してくれた。
けれど、”伝説の掃除屋”と噂されるほどのことはしていない。
いったい誰に話を聞いたのやら……。
「そーーーれ!」
俺がボールを磨いていると、反対側のコートでバレーボールをしている女子のかけ声が聞こえてきた。
視線を向けと天城さんがコートに立っていた。
天城さんはジャージ姿で、ジッパーを首の上まで上げていた。長い金髪を後ろで三つ編みにまとめている。
(天城さんらしいな……)
天城さんは品行方正な性格で、校則をきちんと守っていた。
制服はもちろんのこと、ジャージですら正しく着こなしている。
その規範意識は素晴らしいと思うが、どうしても”芋”っぽさが抜けない。
(わざとオーラを消しているのか?)
全力でお嬢様オーラを出したら正体を隠しきれない。だから、あえて野暮ったい格好をしているのかもしれない。
そんなことを考えながら様子を窺っていると、天城さんと偶然目が合った。
「……♪♪♪」
天城さんは俺と目が合うと、微笑みながら手を振ってきた。
子犬がご主人様を見つけたかのように、ぱっと顔が明るくなる。
尻尾がついていれば、ブンブンと激しく振っているのが見えただろう。
(おいおい、可愛いかよ……)
けれど、俺と天城さんの関係は秘密にしないといけない。
俺は緩みそうになった表情を引き締めると、素っ気なく視線を外した。
「む…………」
すると天城さんは不服そうに頬を膨らませた。またあの表情だ。
天城さんと話すようになってから彼女の素が見えてきた。
地味で物静かな子だと思っていたが、案外素直で表情が顔に出るタイプだったりする。今も俺にだけわかるようにアイコンタクトを送ってきて――。
「天城さん、ボール行ったよ!」
「え……っ?」
俺と天城さんがコート越しに見つめ合っていると、相手チームから強烈なサーブが飛んできた。天城さんは慌てて両腕を突き出そうとして。
「きゃんっ!」
レシーブに失敗。顔面でボールを受け止めた。
◇◇◇
やがて昼休みとなり、俺と天城さんは裏庭の花壇へ向かった。
花壇は美化委員が管理しており、今日は俺と天城さんが水やり当番だ。
昼飯の前に水やりを済ませようと、俺たちはそれぞれにホースを持ちながら水をまいていた。
「怪我は大丈夫だった?」
「腫れもありませんから平気です。ご心配おかけしました」
「俺は何もしてないさ。駆け寄ろうとしたけど女子に睨まれたからな」
「でも、そのあと保健室についてきてくださったじゃないですか」
顔面レシーブを決めた天城さんだったが、打ち所がよかったのだろう。痛みも腫れもなかったようだ。
大きな音が響いた瞬間、慌てて駆け寄ろうとしたがコワメンの俺が女子の輪に入るのは無理がある。だから授業が終わったあと、天城さんを追いかけて保健室に向かった。
「様子を見に来てくださって嬉しかったです。風馬くんは本当にお優しいですね」
「これも仕事だからな……」
付き人をしていてよかった。理由もなしに保健室に顔を出したら、ただの勘違いストーカー野郎になってしまう。しかも俺は、誰もが恐れるコワメンだ。下手したら警察に通報されかねない。
(天城さんは好意的に接してくれているが他の連中はそうじゃない。調子に乗らないようにしよう)
俺は自分の立場を再確認したあと、ホースで水を撒きながら天城さんに訊ねた。
「しかし、見事な顔面レシーブだったな。天城さんは運動が苦手なのか?」
「ストレートに訊きますね……」
「すまない」
「別にかまいません。子供の頃から球技もマラソンも泳ぐのも苦手で」
「ほぼ全滅じゃないか……」
「ですが、ダンスはそれなりに。高校に上がるまでバレエのレッスンを受けてましたので」
天城さんはそう言うと、ホース片手にステップを踏んでみせた。
湖の上を優雅に泳ぐ白鳥のような軽い足取りで、ホースの水が天高くまかれて虹が浮かんだ。
「な~んて、真面目にやらなきゃダメですよね。えへへ」
天城さんはペロっと舌を出して自分の頭を小突いた。
虹と花壇をバックに天使のような笑みを見せる天城さんの姿は、あまりにも決まりすぎていた。水をまくのを忘れて、思わず見惚れてしまうほどに。
「大変です、風馬くん。地面が水浸しですよ」
「うわっ!? 本当だっ。水を止めないとっ」
「わたしが止めてきますね」
天城さんはホースの水を止めるため、蛇口に急ぐ。
俺はその後ろ姿を見送りながら、惚けたようにため息をついた。
「はぁ……。可愛いかよ……」
天城さんは自分の可愛さを自覚していない。
だから、あざといポーズを決めたことに自分で気がついていないのだろう。
天然系のあざと可愛いお嬢様とか。漫画だけの存在じゃなかったんだな……。
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