第11話 隣の席の天城さん


 結論から言うと、楽しいお喋りはできなかった。

 お互い恥ずかしくなって、ろくな話題が浮かばなかったからだ。


 やがて1時限目の授業が終わり、教室内がにわかに騒がしくなる。

 俺の席は教室の一番後ろ、窓際にあった。背が高いのもあって後方の席に追いやられたのだ。



(他のみんなはクジ引きだったのにな。俺もいい席を当ててワイワイと騒ぎたかった……)



 己の境遇を嘆き、ため息をつきながら窓の外に浮かぶ千切れ雲を眺める。

 あの雲も、俺と同じ”ぼっち”だ……。

 すると、教室の片隅にいた二人組の女子がひそひそと話を始めた。



「見てアレ。”だいだらぼっち”が怖い顔で窓の外を睨んでる」


「風馬くんはウチの番格だからね。他の学校の不良が攻めてこないか窓から監視してるのよ」


八幡やわた、あんたヤンキー漫画の見過ぎ~」



 八幡、というのは片方のギャルっぽい子の苗字だろう。

 八幡さんの言葉を受けて、もう片方の子が納得したように頷く。



「けど確かに、あの目で睨まれたら日和って逃げ出しそうだよね。番犬みたいなもん?」


「番犬というか狂犬だけどね~」


「だから”棚橋たなばしの狂犬”って呼ばれてるのか。家も学校の近くなんだっけ?」


「地元じゃ最凶って噂だよ。ワンパンで不良を5人も倒したんだって」


「うわこわっ。マジで近寄らないでおこう」



(聞こえてるんだよなぁ……)



 本人達は聞こえないように喋ってるつもりだろうが、思い切り耳に入っていた。

 いつものことだから別に気にしない。怒鳴りつけるつもりもない。そんなことをしたら余計に孤立するからだ。



「あの……」


「ん? ああ、天城さんか」



 俺が黄昏たそがれていると、隣の席に座っていた天城さんが声をかけてきた。

 後ろの席だと嘆いていたが、隣が天城さんになったのは不幸中の幸いだと言えるだろう。同じ委員で隣の席だったので、自然とよく喋るようになったのだ。



「次は英語ですよ。当てられたら遠慮なく助けを求めてくださいね。こっそり答えを教えますので」


「ありがとな。だけどカンニングはよくないぞ」


「あっ、それもそうでしたね。余計な真似をしてごめんなさい」


「いいよ。その気持ちだけで十分だ。ありがとう」


「いえっ」



 俺が苦笑を返すと天城さんは慌てたように顔を背けた。

 よくわからないが耳が真っ赤だ。今朝のやり取りを引きずっているのだろうか。



(教科書の貸し借りも仕事のウチと言ってたな……)



 千鶴さんに言われた仕事内容を思い出して天城さんに訊ねる。



「念のために訊くけど教科書を忘れてないよな?」


「ふふっ。わたしもそこまでズボラじゃないですよ」



 天城さんはお上品に微笑むと机の中を漁った。

 けれど、中から出てきたのは英語のノートだけだった。



「WHY? なぜ教科書が見当たらないのですか?」


「しらんがな」



 天城さんはエセ外国人みたいな喋り方で驚く。

 机の中だけでなく、鞄もひっくり返して教科書の行方を捜した。

 しかし、どこにも教科書は見当たらない。天城さんは涙目になってしまった。



「あぅ~。おかしいです。今朝出るとき、きちんと鞄の中身を確認したのに」


「あ~……」



 今朝はバタバタしていたから、うっかり入れ忘れたんだろう。

 けれど口に出して指摘はできない。俺が天城さんの家にいたことは秘密だからだ。



「仕方ないな……」



 俺は言いたいことを飲み込んでから、自分の机を天城さんの方へ寄せた。



「俺の教科書でよければ貸すよ。もう少しこっちに席を近づいてくれ」


「ありがとうございます♪ 風馬くんはやっぱりお優しいですね」



 天城さんは俺の厚意を素直に受け取って柔和な笑みを浮かべる。

 それから机と椅子の位置を調整して俺の隣に並んだ。

 けれど、距離が近すぎたのか肩と肩が触れあってしまう。



「あっ……! ごめんなさいっ」


「い、いやっ。俺の方こそすまん」



 俺と天城さんは同時に身を離して真っ赤になった顔を背けた。

 すると――



「ざわ……っ!」



 周りにいたクラスメイトたちが一斉にざわめいた。

 けれど、具体的な言葉を発することなく高速でスマホをいじりはじめる。



(クラスのチャットにあることないこと書き込んでるな……)



 面と向かってヤジを飛ばす勇気もないんだろう。生徒たちで個人的に管理しているクラスチャットに誘われたことはなく、俺はネットでもぼっちだった。

 そんな周囲の喧噪(誰も喋ってないが)を余所に、天城さんは天使のような笑顔を俺に向けてくる。



「お勉強頑張りましょうね。目指せクラストップテン、です!」


「おう……」



 天城さんの微笑みに、スマホを操作するクラスメイトの指の速度が上がる。

 昨日までろくに喋ったことがなかった二人が、急に仲良くなったら不審がられると思うんだが。この子……本当に秘密を隠す気あるのか?

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